ひとりのセラピストのひとりごと

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看護師、医者は性格が悪い?病院が冷たい理由

 病院にかかったことのある方は非常に多いと思います。

 

 

  中には、病院では素っ気ない対応をされて、病院について、冷たい、冷淡だ、という印象を抱いている方も多いのではないかと思います。

 

 

  実際、私も長期の体調不良で、結局、原因不明で自然に治っていったのですが、1年ものあいだ検査を受け続けた時がありました。

 

 

 その時は、原因がわからないのに、不思議なことがたくさんおきて、とても不安でたまりませんでした。

 

 

 救急のお世話になったことも何度もあります。

 

 

 病院では不安を訴えましたが、検査の先では冷淡と感じ、病院に不信感を覚えました。

 

 

  でも、病院で働いている今は、なぜ彼らが冷淡に見えるかという理由がわかります。そうでないといけない理由があるからです。

 

 

  今回はこのことについて私なりに説明してみようと思います。

 

 

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病院のしくみ

  病院は、「患者を治す」ことを使命に、人が働いています。

 

 

 「患者を治す」ことは、医師だけでできることではありません。

 

 

 医師が方向性を決めて、そこに協力するたくさんのスタッフがみんなで患者を治します。

 

 

病院の治療の流れの例

たとえば、骨折した時。

 

 

①外来で受付をします。(その病気や怪我で、はじめて病院にかかることを外来と言います)

 

 

受付をするのは、医療事務という仕事の人です。

 

 

②整形外科で看護師に詳しく説明します。

 

 

(病院は病気によって色々な科があります。たとえば、内科、外科など。骨折の場合は、整形外科です)

 

 

医師の診察を受けます。

 

 

④レントゲンを撮ります。レントゲンを撮るのは、放射線技師です。

 

 

⑤医師により手当を受けます。

 

 

⑥薬が必要なら、処方、調剤されます。薬を調剤するのは、薬剤師です。

 

 

⑦時期によって、リハビリをします。リハビリをするのは、理学療法士などです。

 

 

 ここまでで、医師の他に5人の医療従事者がいます。

 

 

 彼らはコメディカルスタッフとも呼ばれます。

 

 

 医師以外の医療従事者のことを、コメディカルスタッフと言います。

 

 

 医療は、医師と、コメディカルスタッフによって成り立っているのです。

 

 

 

  なぜそこまでたくさんの人が必要なのでしょうか。

 

 

  それは、「患者を治す」という使命があるためです。

 

 

役割分担

 患者はたくさんいます。

 

 

 病院って、いつも混んでいませんか?

 

 

 たくさんの人数の患者は、医師だけで全員を治すのはとっても大変です。

 

 

 まかないきれません。

 

 

 だから、医師の他のコメディカルスタッフが、医師に従い、患者を治しているのです。

 

 

  すべては、病院に来た全ての患者を治すためです。

 

 

 とても効率化されていて、スタッフによって役割がはっきりと決められており、それは法律によって定められています。

 

 

効率化の代償

 病院はとても忙しいです。

 

 

 救急車で、病院がどこも満床(患者でいっぱい、ということ)のために、治療が遅れて、死亡した、というニュースが以前ありました。

 

 

 これは絶対あってはならないことですが、それほどまでに病院は患者であふれています。

 

 

  でも、それだけの患者を全て治さないといけません。

 

 

 ですから、完全にシステム化されています。

 

 

効率化があるから冷たい

  多くの患者を診るために、システムが作られていますが、その分、スタッフが患者に接する時間が少なくなってしまいます。

 

 

 基本的に、スタッフは患者とは治療に関することしか話しません。

 

 

 

  時に、悩みや不安を聞くこともありますが、その時間を全ての患者に割り振ると、病院はまわらなくなってしまいます。

 

 

  雑談をしても、とっても短い時間です。

 

 

 それは平等に、全ての患者を治療するために、そうなっています。

 

 

 ですから、一般の方、つまり患者は、医療スタッフと仲良くなることはほとんどありません。

 

 

  それが、病院は冷たい、という印象の理由のひとつだと思います。

 

 

医療従事者は自分を守る

  医師を含めた医療従事者は、仕事として医療をしています。

 

 

 ですから、健康でなければいけません。

 

 

 患者から病気をうつされることがないように、また、患者同士で病気がうつらないように、衛生にとっても気をつけています。

 

 

 もし医療従事者が病気になってしまったら、患者を治すことができなくなってしまいます。

 

 

医療者の精神衛生

  病気だけでなく、心の面でも、そうです。

 

 

  医療従事者は「患者を治したい、人の役に立ちたい」と思って、その仕事を選んでいます。

 

 

 そういう気持ちがないと、医療という仕事はとっても大変なので、続きません。

 

 

 (ここだけの話、そんなに儲かる商売でもないので・・・)

 

 

 ですが、患者の気持ちに同情しすぎて、自分の心が不安定になることがしばしばあります。

 

 

 たとえば、精神科の先生が、精神病になってしまって、自殺してしまった、ということを聞いたことはありませんか?

 

 

 精神科の先生は毎日、心の病気の人に接しています。

 

 

 患者を「かわいそう、苦しそう、助けてあげたい」と、あまりに思いすぎると、それが重荷になり、心のバランスを崩してしまいます。

 

 

 あなたの周りに、ネガティブなことしか言わない人はいませんか?

 

 

 その人と、毎日ずっと接していたら、だんだん自分もネガティブになりますよね?

 

 

 医療従事者は、患者の気持ちに同調してはいけません。

 

 

 かわいそう、助けてあげたいと思う気持ちを持ち、でも、患者は患者であり、自分ではない、とはっきり区別をしなければいけないんです。

 

 

*追記2018年6月

 現在、私は末期医療病院で働いていますが、患者さんには末期がんなどの方が多く、外見的にも精神的にも死を感じる方が多くおられます。

 

 

 普通の病院とは少し違うのですが、個人的には精神面でのコントロールがとても大変で、いまでも悩む日があります。

 

 

 ベテランの方も最初はきつかったそうなので、これから慣れて行くのだと思います。

 

 

 

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医療者の苦悩

 医療の現場では、科によって、もっとショッキングなものを見なければいけない時もあります。

 

 

 たとえば、外科は、手術をする部門ですが、人の血や、内臓を、その目で直接見て、さらに、切ったり、縫ったりしないといけません。

 

 

 救急科は、突然倒れて運ばれてくる患者を見ます。

 

 

 苦しみもだえていたり、血がたくさん出ていたり、一般の人が見たら、倒れてしまいそうなものも見て、なおかつ、なんとかしなければいけません。

 

 

 もうこうなってくると、手当の最中は、かわいそう、助けてあげたいという「気持ち」は頭には無くて、とにかく「なんとかしなければ」という考えが大きいのではないかな、と思います。

 

 

  そうして時々、助かった患者を送り出して、

 

 

 「ああ、よかった。自分はあの人の役に立った」とか、

 

 

 「あの人は助けてあげられなかった、自分ではどうにもできなかった」とか

 

 

 色々な気持ちを思い浮かべて、悩んだり、勉強したり、していると思うのです。

  

 

私の体験・看護助手の私という無力 

 私が働いているのは内科の入院病棟ですが、時々、急変して集中治療室に運ばれていく患者さんがいます。

 

 

 私は資格の必要の無い看護助手なので、ちょっとしたお手伝いやお掃除をしています。

 

 

*追記2018年6月

 私は専門学校へ通学の傍ら、大学病院で看護助手として勤務していました。

 

 

 専門学校は、はりきゅう・あん摩マッサージ指圧の学校なので

 

 

 大学病院という大きな医療施設とは、勉強の内容が少し違うのですが

 

 

 臨床に出る前に一通り見ておきたいと思い、循環器内科病棟と、ICU(心臓の集中治療室)で看護助手として勤めていました。

 

 

 

 

  ある時

 

 

 急変のため、呼吸がうまく出来なくなってしまい、集中治療室へ運ばれた患者さんの荷物を、新しい病室へ持って行ってあげたことがありました。

 

 

  痩せた高齢の女性で、ずいぶん前から食事もあまり摂っていませんでした。

 

 

  私が病室へ荷物を持って行くと、呼吸器をつけられていて、心電図が厳しくモニタリングされていました。

 

 

  ほとんど話したことのない患者さんでしたが、私を見ると、目で苦しいと訴え、助けを求めるように片手をこちらへ伸ばしてきました。

 

 

  その、手を伸ばす患者さんの表情、痩せ細った顔、震える手、呼吸器の電子音。まぶたの裏に焼き付いています。

 

 

  この時のことを思い出すと、今でも涙が出ます。

 

 

 私という存在。

 

 

 

 私という無力。

 

 

 

 

 私は仕事をしている人間で、ただの看護助手ですから、その手を握ってあげることもできません。

 

 

  科の違う集中治療室の患者さんですから、励ますこともできないし、話してあげることもできません。

 

 

 ほんのちょっとだけ、立ち止まって、思いを振り切って去りました。

 

 

 そのあとは、仕事だった、トイレ掃除をしました。

 

 

 いまの私にはトイレ掃除しか出来ない、と思いながら。

 

 

 

 

  その時のことを思い出すと、今でも涙が出そうになります。

 

 

  看護助手をはじめてまだ間もない頃のことで、私には十分ショッキングな出来事でした。

 

 

 その日は泣きながら帰ったことを覚えています。

 

 

 

 

 

  どうでしょうか。

 

 

 私は冷たい人間ですか?

 

 

 何も聞かずに、その場だけを見たら、きっとなんて冷たいんだ、と思われると思います。

 

 

 

 

  でも、その時の私の心の中は、誰も見ることができません。

 

 

 

 冷たいと思われても、しょうがないんです。

 

 

 患者さんを治療するために、私たちは存在するんですから。

 

 

知っていてほしい

 今(2016年当時)病院で働いている私は、看護助手なんかの私ですが、こう思います。

 

 

 

 

 病院を冷たい、嫌なところだ、と思われてもかまわない。

 

 

 好きになんかならなくったっていい。

 

 

 でも、私たちが人間であることは、知っていてほしい。

 

 

 傷ついている人を見て、何も思わないなんてことはない。

 

 

 私たちは人を治す仕事をしていて、その為に、歯車として存在している。

 

 

 でも、この歯車は、ひとりひとり、患者と同じ人間なんです。

 

 

 

 

 

 病院が大好き、なんて人はむしろ困り者だと思います。

 

 

 だって、健康が1番なんだもの。

 

 

 具合が悪い時に、来てください。

 

 

 今回はちょっと長くなってしまいました。

 

 

 できるだけ、病院にいかないように、健康に気をつけて、過ごしてくださいね(^ω^)

 

 

 

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