ひとりのセラピストのひとりごと

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人間は生まれつき善であるか?悪であるか?性善説について

人間性善説って、聞いたことありますか?生まれつきの悪人はいない、という考えです。あなたは善悪、どちら側の人間ですか?(笑)これを研究したものがあります。今回は、根っからの悪人はいるのか?というお話です。

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ヒトとチンパンジーを比べてみた

私たち人類に最も近い生き物は、チンパンジーで、その遺伝子の差はわずかに1%ほどだそうです。人類は他人に親切をしますし、理由もなく他人を殺すこともあります。果たしてチンパンジーも、親切をしたり、仲間を殺すようなことはあるのでしょうか。

 

チンパンジーの親切

霊長類学者による、道具とエサを使った実験で、チンパンジーは仲間に親切をする、協力をすることがわかった、という研究があります。

オリの中のチンパンジーが、道具が無いとエサを取れないような状況の時、隣のオリを挟んだ仲間が道具を持っていて、求めると、ちゃんとその仲間は道具を与えてくれたそうです。仲間は道具を求めたチンパンジーに、親切をしてくれました。こんな時、人間だったら、道具をあげたんだから、エサくれよ、と思うことが多いのですが、チンパンジーは見返りを求めないそうです。道具を求められたから、渡し、求めてきたチンパンジーがそれによってエサを食べていても、親切をしたチンパンジーは決して怒らなかったそうです。

チンパンジーには親切はありますが、親切の見返りという文化は持っていないようです。つまり、チンパンジーは他者に干渉しません。関係が無いのです。

 

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人間もまた、親切をします。さらにチンパンジーと違って、親切をしたら、同じだけ親切をしてもらうことを決まりのようにしています。もし自分が親切をしてあげたのに、相手から協力されなかったら、どう思いますか?もうあの人には優しくしてやらない、と思いませんか?これは生まれ持ったもので、祖先にその理由があるそうです。

 

人類の祖先

私たちの祖先は、アフリカ大陸のジャングルのサルがルーツです。サルの中に、森を出て草原で暮らすものたちがいました。これが人類の始まりだそうです。草原はとても危険で、生きるのには群れを作る必要がありました。時に食べ物が足りなくなる時があり、そういう時は群れの仲間で分かち合い、やり過ごすことが必要でした。もし独り占めしたら、群れは死に絶えてしまいます。独り占めするようなやからが現れた時は、全員のために、追放する必要がありました。

おおまかには、このようなストーリーだそうです。なお、人類のルーツについては、色々な見解がありますが、現在ではアフリカ大陸説が有力であるとのことです。

 

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さて、このストーリーの中には、善と悪がありますね。食べ物が少なくなった時、全員で分かち合う、これは善です。親切ですね。全員が生き残るために、平等に分かち合ったそうです。その中で独り占めする人が追放されるというのは、悪ではないでしょうか。なにも追い出すことはないのに、と思うのですが、その人の行動は全員の命に関わることですから、追放してしまうのです。これは集団が個人を追い払っています。個人には誰も味方がいません。ある意味、悪でしょう。

 

 

 

 

仲間はずれや差別も本能

見た目がちがう、言葉がちがう、考え方がちがう。みんなとちがう。そういう人を追放しようとする動きは、現代も残っていて、しばしば問題になります。アメリカ人の黒人差別や、日本のいじめの問題も、当てはまることがあります。仲間と違うものを追放しようとしています。これは祖先の生き方が現代に残っているとも考えられますね。いじめも、差別も、世間的には悪です。でもこの性質は、人類の誰もが持っているものでもあるのです。

 

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人間は生まれつき善も悪も持っている

命をつなぐために、仲間に分かち合い、助け合って現代まで生きてきました。しかし、そのルールを破り、仲間と違ったものは、全員で追い出そうとしました。場合によっては殺してしまう民族もあったそうです。命のためには、悪は許せない。とても厳しいですね。現代では悪でなくとも、見た目が違うという理由で差別が存在するのはとても悲しいことですが、それはひょっとしたら本能で、人類の全てが持っているものなのかもしれません。だからこそ、問題をみつめ、改善していこうとする姿勢が必要だと思います。

いじめや差別は人ごとではありません。私たち、全ての人類の問題なのです。