ひとりのセラピストのひとりごと

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鍼灸師の就職先。病院に鍼灸師は必要か?

2年生も後半にさしかかり、徐々に進路を考え始めています。入学前からずっと考えていましたが、まだ何をするかは決まっていません。強いて言うならもっと高度な勉強をしたいですが、年齢的なものもあり、判断するのが難しいところです。しかし働くなら、出来だけ大きな病院が良い、ということは決まっています。病院で働く鍼灸師は、全体の1~2%に過ぎない、という意見もあり、難しそうだな、と感じています。

病院で鍼灸師を見ることは少ないです。なぜ少ないのか。その答えは「不要だから」だと思います。今回は鍼灸業界と病院医療について、真剣な私の意見を書いてみます。

 

 

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鍼灸とは

鍼灸とは古典医学から発生した歴史の古い医学です。その本家は中国で、日本には古くから伝わっていましたが、流派ができるほど発展したのは江戸時代と言えます。視覚障害者が生業とし、中国の太い針に対して、刺鍼時の痛みを消すような繊細な技術が発達しました。近代になり、西洋文明が日本国に流入し、ある種支配され、鍼灸は衰退の一途をたどりましたが、今も代替療法の一環として、たくさんの養成学校、治療院が存在しています。

 

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鍼灸の治療

 鍼灸は代替療法です。代替療法とは、病院医療の対となる医学で、根拠がはっきりしていない現象が非常に多く存在しています。現代は科学的根拠を重視しますから、それがないような代替医療は医学にして医学にあらず、ある意味、異物と捕らえられている部分もあるのが実際です。「パラメディカル」とか「擬似医療」という表現もあり、特に医師などに、「鍼灸は医療ではない」とバッサリ言ってしまう方もおられます。

 

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 なぜ擬似医療と呼ばれるか、それには鍼灸の二面性が関係しています。

 鍼灸は東洋医学という、科学的根拠の取りにくい理論を使うことがありますが、現代医学の理論も使うことができます。理論とは、考えかた、ルールですが、その理論が何であるかで治療方法も異なるのです。私は科学的根拠を重視する人間ですから、考え方としては現代医学の方がしっくりきています。しかし、東洋医学の考え方は、原因不明の体調不良「不定愁訴」に極めて有効であり、優れた鍼灸師は理論を使い分け、患者に合わせて治療します。「鍼灸は医療ではない」とおっしゃる方は、現代医学の理論を用いられることをご存知でないのかな、と思います。

 

 

鍼灸の適応例

鍼灸は大きく分けて「東洋医学」と、「現代医学(西洋医学)」の二つの理論を使います。東洋医学は身体全体を見て体調不良を整えますので、たとえば「腰が痛い、でも原因がわからない」というような例では、腰だけでなく、足や、場合によっては腕や頭にも鍼を打ちます。現代医学は局所的な不具合、たとえば筋肉痛や、慢性炎症など運動器、あるいは、痛みを軽減する作用が強いので、炎症後の疼痛緩和などに使うことがあります。

 

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 私個人としては、鍼灸の最も優れた部分というのは、この痛みの緩和だと感じています。「鍼麻酔」というものが昔流行したことがあったそうです。鍼をある部分に打つことにより、麻酔作用を起こすというもの。ただ、薬と違って効き目の切れるタイミングがつかめませんので、本麻酔の導入などに用いられたそうです。しかし近年は否定的な意見も強く、技術的にも難しい部分があります。麻酔作用を意識した技術のある先生でないと再現できないことがあり、鍼灸師の理論や意向によるところだと感じています。

 

鍼灸師の実際

鍼の麻酔作用を用いられる鍼灸師は非常に限られています。言い方は悪いですが、鍼灸師にも色々、ピンきりがあると思います。鍼灸師国家資格は国家試験に合格しなければ取得できないですが、そこをギリギリで通過する方もいれば、専門学校では足りず、大学で勉強しよう、という先生もおられます。知識的にも技術的にも非常にレベルに差があり、それは専門学校入試が簡単であるからかな、と私は思っています。一方医学部は入試が難しいですから、学力とか、そういうところで、鍼灸は医学でない、という意見が出てきても、私は反対できません。鍼灸学生は学力の低い生徒が多いです。私は周りを見ていてそう感じます。

 

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 現場の鍼灸師もレベル差が非常に大きいです。多くの鍼灸の治療現場は軽症患者や不定愁訴患者が来ますので、高度な症例を目にする機会はあまりありません。接骨院で働く鍼灸師は、急性あるいは重症患者は柔道整復師が診察しているので、慢性疲労などの患者にしか接することがありません。鍼灸専門治療院の鍼灸師はレベルの高い人が多いな、と感じています。鍼灸師は国家試験が比較的簡単なので(他医療免許と比べて、です。それでも一般人には難しい試験だと感じています)、基礎学力の無い方も多く(私もその一人です)、これだけのレベル差が生じるのだろうと思います。

 

 

病院と鍼灸

病院にも鍼灸師はいるそうです。私は目にしたことが無いし、病院で働いているとはいえ鍼灸師の医療現場を見ているわけではないので、全く詳しくないのですが、疼痛緩和や整形疾患で刺鍼している鍼灸師はいる、と聞きます。大学病院でも研究センターを持っているところもあり、あまり表立って出てきませんが、病院医療の中にも鍼灸は存在しています。ただ、現場治療となると、法的な拘束があったりして、普及しにくいのが現状です。しかし薬剤投与などの治療に比べ、副作用がほとんどありませんから、使い方によっては優れた治療方法であり、実用性のある技術だと私は思っています。

 

鍼灸師の医師に対するネガティブ

私はまわりの環境が悪かった(良い鍼灸師に巡り会わなかった)ために、ネガティブな意見を非常に多く耳にしました。病院医療に対して、鍼灸について「しょせん代替医療」とか、「しょせん鍼灸」とか、そういう言い方をする方がいます。上述にあるように、ドクターでも「鍼灸は医学ではない」とバッサリ言う方もいるので、そういう考え方もあるのは認めなければいけません。でも自分で言うのはどうかと思うのです。「しょせん鍼灸」と思っている方は、もちろん治療もそれ相応です。鍼灸の特性を理解していないための発言ですから、治療ではなく、ただ鍼を打っているだけなのだと思います。

 

ドクター崇拝論

一般的に、日本では「お医者様」という考えが強いです。「先生」と表現するように、医師、ドクターはそれだけですごいから、自分とは世が違う、なんて思っている方が多いですが、鍼灸師もそう思っている方がいます。私も医師ってすごいんだなあと思っていましたし、それほどの学力があるというのは純粋に尊敬できるのですが、現場や社会に出ている時、ドクターであるというのはただの職業でしかありません。そういう役割でしかない。確かに日本医療はドクター主体で出来ていますが、それは職業であり、仕事内容はわれわれと違う、ただの同業者なのです。ドクターは日本医療の中で、判断と指示、手術をします。指示を受け、仕事を行うのが他のメディカルスタッフです。現場を考えると、その関係は極めてフェアなのです。

 

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ところが一般の「お医者様スゴイ」という考え方は、病院医療を知らない鍼灸師にも浸透していて、たしかに医師の指示が無いと保険適用の刺鍼はできないのですが、同じ医療現場にいるにもかかわらず、自ら隔てている鍼灸師が多く感じます。たとえば、講師をする鍼灸師が、「ドクターに教えた」とドヤ顔で自慢するのは、なんというか、あきれるというか、だから何、と思います。こんなくだらない自慢をする方に教わったドクターも、勉強になっただろうか、とか。

 

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鍼灸師のマナー

同意書、というものがあります。鍼灸は保険を使う場合、ドクターの指示がないと適応できません。鍼灸治療を保険適用とする、というドクターの書面上の指示が、同意書です。鍼灸治療院にはドクターがいませんから、患者さんに主治医に同意書を書いてもらってきてください、と頼むことがあります。私も働いていた接骨院で、患者さんに同意書の用意を頼んでいるところを見ましたが、診察もろくにせず、口頭で患者さんに言うだけでした。これがおかしい。非常におかしいと思います。

 ドクターが自分の医院では手に負えないと判断した時、別の大きな病院へ治療を依頼することがあります。これは書面上で、「紹介状」という書類です。紹介状は、診察の後に、患者さんへ説明、承諾を得てから発行します。これが普通だと思うんです。

 

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 医療現場でなくても、第三者に顧客をゆだねるとき、申し送りをします。それが普通ですよね。何にもなしに、うちじゃ駄目だから、よそ行って、なんて言う会社があったら、二度と利用しませんよね?普通、お客さんに詳しい事情を聞いて、手に負えないと思ったら、その説明をして、承諾を得て、一筆書いて、他に頼む、という流れになると思うんです。それが社会的なマナーで、常識です。

 

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 そういうマナーを守っている鍼灸師もいるのかもしれませんが、私は見たことがありませんでした。鍼灸などの同意書を書かないと決めているドクターもいます。こういう最低限のマナーが無ければ、確かに患者を任せるという判断はできないと思います。鍼灸師は病院研修がありませんし、独立開業権があるので、自分がメディカルスタッフだと自覚している人が少ないのかな、と思います。たとえ建物が違っても、日本の法律上、保険を使うなら、ドクターに指示を受ける、メディカルスタッフです。決して自営業者ではありません。

 

 独立開業権を持つために、医療という協調を無視する方が、確かにいます。そういった方は、鍼灸師免許ではなく、医師免許を持つべきだと思います。

 

 

 鍼灸師がやるべきこと

医療には協調があります。なぜなら一人では治療が出来ないからです。医師だけでもダメですし、看護師だけでもダメです。それは鍼灸師もおなじことです。鍼灸師は一人ではないのです。医療である以上、日本の法律を守り、指示に従うという必要があります。鍼灸の治療現場では、適応外の疾患の可能性を発見することがあります。たとえばガンとか、脳血管障害、心臓病。こういったものは精密検査が必要です。骨折の疑いがあれば、ドクターにレントゲン検査と診察を委託する必要があります。検査の指示・判断は鍼灸師にはできません。鍼灸師は「自分は一人ではない」、という考えが足りてないように感じます。

 

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そしてそれは言語にもあります。

鍼灸は業界用語が非常に多いです。この業界用語は、鍼灸師にしかわからないような用語です。これでは他のメディカルスタッフが理解できません。みんな英語を話しているのに、私たちだけが日本語を話している、そのような状態です。医療という協調の中に行くならば、周りに合わせないといけません。鍼灸師同士で話すならともかく、ドクターや他のスタッフとコミュニケーションをとるならば、言い回しを変えたり、場合によっては理論を変える必要があります。東洋医学や現代医学という理論があるよ、と上述しましたが、こういう問題もあるために、場合によって理論を使い分けないといけないのです。

 

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なぜ鍼灸は独立国家なのか

 他の人に合わせる、ということは非常に根本的で、単純で、あたりまえのことです。これがなぜ足りていないのか、それは鍼灸師になる人の性格が関係しています。

 少なくとも、私の周りの人たちは、鍼灸師になるべくしてなったような、一般人とは一線を引いたような性格の方が多いと感じています。変わっている、という表現を私はよくしますが、何が変わっているかというと、それは人それぞれですが、たとえば自我が強かったり、自己愛が強かったり、とても繊細であったり、自己犠牲心があったり、と多様であると思います。でも共通して言えるな、と思うのは、マイペースな方が多いです。サラリーマンが出来ない、という言い方をする方もいます。ある種、社会不適合者が多いかもしれません。私もその一人であると思います。

 

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 しかし最低限、他人に合わせるということは、日本国家に生きる国民としての義務です。右翼的な言い回しになってしまいましたが、そういう意味ではなく、我々は法律内で医療を行うことが義務付けられています。それは患者のためであり、日本の医療システムのためです。これは最低限のルールですね。ですから、マイペースを崩す必要は無く、無理して組織に属する必要も無いですが、日本の医療のルールとマナーを守るというのは、国家資格者として必要なことなのです。ここだけは、鍼灸師の自覚が足りていない、直すべきところであると思います。

 

鍼灸は病院に不要である

 このように、鍼灸師は独立開業権があるために、協調性が無く、学問としても、組織としてもバラバラです。そしてその根本的な原因は、鍼灸師の性格や教育的なところもあると思うのです。このような人は、病院医療に必要でしょうか?私だったら、雇いません。言葉も違う、考え方も違う、ルールもマナーも無い、一体どうやって治療を行うのでしょうか。こういう理由から、病院で働く鍼灸師はとても少ないのだと思います。

 

 私は、鍼灸師は病院に不要であると思います。

 

 

私のやりたいこと

 そう思う私は、鍼灸師の免許を取ろうとしています。資格を取っても、鍼灸師になっても、私は病院医療に不要です。でも、病院で働こうと思っています。

 鍼灸師が病院に不要な理由は、決して鍼灸が役立たずだからという理由ではありません。鍼灸は治療になり得ます。そして使い方次第で、患者さんや、おそらく日本の医療システムの負担も軽減できると思っています。それは金銭的な負担であったり、他スタッフの不足という人員的な負担であったりします。使い方によっては、日本医療の薬になり得る代替医療だと思うのです。鍼灸師がもし有能であり、病院医療に合わせられるだけの知識や言語があったなら、きっと誰かの、たくさんの誰かの役に立てると思うんです。

 

 鍼灸を良くも悪くもできるのは、それを使う鍼灸師だけなのです。

 

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 それから、個人的には病院医療と一線を引いた鍼灸師という立場も気に入っています。病院に居る必要はないけど、出来るなら一緒にやろうか、そういう距離のあるところにいる、というのが私らしいかな、と思うのです。でもチャンスがあったら、他の学部や学科で勉強することもアリだと思っています。もし可能なら、医学部なんて一番行ってみたいところです。そこに行くのには大変な問題がありますから、寝てみる夢かもしれませんが。

 

 起きてみる夢としては、今のところ卒業後は、大学卒業資格を取ってから、大学院で勉強してみたいな、と思っています。あるいは、大学病院にはインターンのようなものがありますから、そういったものでもいいかもしれない。とにかく鍼灸国家試験の勉強だけでは知識が足りていませんので、もっと高度な勉強をしたいと思っています。鍼灸やマッサージは研究が足りていないですから、研究者になるのも誰かの役に立ちそうですね。

 

 このように、私は進路が正確に決まっていません。入学前からずっと考えてはいるのですが、答えがみつからず、卒業までに決まったらいいかな、と思っています。もし卒業までに決まらなければ、病院就職か、就職浪人でもかまわないです。勉強自体は、一人でもできる。

 

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 私は20代に色々なことをして、言ってみれば人生を迷走して、今に至ります。やりたいことはあるのですが、どうしたらいいかがわからない、そんなところです。スタートが遅かったので、進学については色々考えてしまうのですが、チャンスがあったらやりたい。そしてチャンスをつかみたいと思って、試行錯誤しているところです。100年前だったら私はとっくに死んでいたようなこともたくさんあった。でもまだ生きています。これほどまでに何かについて考えるということはありませんでしたから、非常に性格の変化を感じています。私は、何度か、死んだのかもしれない。生まれ変わって、今を生きているのかもしれない。そう思います。私の命は、私だけのものでないように感じているんです。この命は、誰かのためにならないといけない、と。そしてその誰かとは、できるだけたくさんの人間であってほしい。だから私はずっと考え続けます。何かをし続けます。

 

 

医師の正義

医師の正義

 

 

医療界に望むこと

 医療界に限りませんが、世の中には、優秀な人、そうでない人がいて、色々な考え方があって、意見が違って、時にケンカになり、時に協力してみんなが社会を作っています。その中で、考え方が違う、というのは当然のことなのです。東洋医学と現代医学は考え方が違います。それは当然です。でもそこで、お互いを否定したり、ケンカするよりは、仲良くしたほうが絶対に得です。意見は合わないかもしれないですが、仲が悪いよりは、良い方が、トラブルが起きません。代替医療の悪口を言うのではなく、病院医療の悪口を言うのではなく、そういう考え方の人もいるよね、それが一番いいと思うんです。仲が悪くて関わらなければ、何も生まれませんが、仲が良くて話し合えば、ひょっとしたら何かが生まれるかもしれません。

 

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 私は患者さんに、あなたは一人ではない、と言いますが、それは私たちもそうなのです。私はまだ学生ですが、医療従事者の末端として、私たちは、一人ではない。仲間だと思います。協力すれば、何かいいことがあるかもしれない。だから、つまらない理由でけなしあうようなことは止めて欲しいです。

 

 今回はいつになく長い文章ですが、今思っていること、将来のことをまとめました。私は日本の医療に良くなって欲しい。そしてそれを手伝いたいと思っています。そう思う人が、増えてくれることを願っています。