ひとりのセラピストのひとりごと

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看護助手の仕事。患者さんの気持ちを考えてみる

私は腸が悪く、人生で3回入院したことがあります。1回は虫垂炎、2回は大腸憩室炎という病気で、腹膜炎まで悪化したこともあります。救急車で運ばれたことも何度かあり、腹膜炎の時は本当に痛くて、一生忘れられない体験です。今、私は病院で働いていますが、入院した経験があるからこそ、患者さんの気持ちがわかることもたくさんある。今回はそんなことを考えてみます。

 

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よく言われる言葉

 患者さんによく言われる言葉があります。「忙しいのに悪いね」「大変だろうね」「ご迷惑かけて申し訳ない」「こんな面倒みてもらうなんてな」・・・など。忙しいのに悪いねは一番よく言われます。1日に一回は言われていると思います。年配の方が特に言うかもしれません。お若い方は「ありがとうございます」と仰る方が多い気がする。人生の経験を積むと、自分が大変な思いをしているのに、世話をしている人間に謝ることができるようになるのかなあ、と思います。純粋に、すごいと思います。

 

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 入院するほどの病気をしているのに、ごめんね、大変だよね、と仰る方が多い。私たちはどこも痛くないし、どこにでも行けるし、何の不自由も無い。でも患者さんは、制限された食事だったり、安静のために外に出れなかったり、たいくつと戦っていたり、手術を控えていたら、恐怖に怯えているのに、私たちの心配をしてくれる。それは言葉だけかもしれないけれど、そんなことを言える人がたくさんいるっていうことがすごいです。信じられない。

 

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 そうやって言われた時、私は、はっきりと「一番大変なのは患者さんに決まっています。自分だったら絶対辛いと思う」と言ってしまう。それが良いことなのか悪いことなのかわからないのですが、点滴につながれたり、車椅子に乗ったりしている時くらい、自分のことだけ心配したらいいと思うんです。だって本当にそうなんだもの。患者さんが一番辛いに決まっているんです。決めつけは良く無いかもしれないけど、本当に医療者を心配してくれているのかもしれないけど、誰がなんと言おうと、私は、一番辛いのは患者さんだと思います。

 

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怒る患者さん

 時々、怒る患者さんがいます。特に何かあったわけでもないのだけど、なんだか怒っている。誰に何をされたわけでもないのです。だからスタッフは困惑します。そういう人は病院に限らず、私は接骨院やサロンでも会ってきました。とにかく話を聞くことしかできないのですが、よくよく聞いていると、具合が悪かったり、不安だったりするのが、人につらく当たってしまうと感じます。ただただ怒られるっていうのも辛いは辛いのですが、ちゃんと聞いていると最後の方に熱が下がってきて、ごめんね、と謝られます。その時に、ああ、この人は不安でたまらないのかなあと感じます。

 

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気難しかった患者さんエピゾード

 今の職場で、少し気難しい患者さんがおられたのですが、初めて検査に連れて行く時、大変不機嫌でした。何でも車椅子に座らされて、廊下で随分待たされたらしく、開口一番、「遅いよ!」と怒られて、謝りながら検査へ連れて行きました。検査室へ連れて言って、引き継ぐ時に、「こんな格好で人前に出て、恥ずかしいんだよ。心細いから、一人にしないで」と言われました。もう本当にごもっともだ、と思い、「わかりました。絶対に待たせません!」と言って、引き渡しました。しかし実は他にも仕事はあったりして、でも検査は10分そこそこで終わりますので、走って仕事を済ませ、検査が終わる直前にちゃんと検査室まで戻りました。

 

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 おお!ギリギリセーフ!!と内心思い、患者さんを引き継いだ時、その患者さんが、にっこり笑って、嬉しそうに、「本当に待たなかったね。」と喜んでくれました。そこで黙っていればカッコいいのですが、私は正直なので、「いやあ実は、走って戻ってきたんです」とつい言ってしまったのですが、その方はそれ以来私を大変気に入ってくれて、用事があると頼んでくれるようになりました。

 

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 気難しい方って、そう見えているだけであって、本当はどういう人なのかはわからないんですよね。そして、他人を気難しいと思う目は、自分が持っているんです。その目はメガネをかけているかもしれません。他人が怖い、気難しいと見えるようなメガネです。この目で見ているものは、本質とは違うことが多い気がします。

 

私が入院した時に感じたこと

 私は過去、入院した時、本当に痛いし辛いし怖いしで嫌な思い出だったと思います。実は今年も一度入院したのです。その時は、もう医療者側の視点を心得ていましたから、病院を見るのは面白かったし、病気のこともそれなりにわかっていたので、恐怖心は無かったのですが、無知だった時の入院や救急搬送は、本当に辛かったです。

 

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 腹膜炎の時は救急搬送されたのが深夜でした。救急の先生は応急処置的な治療しかしないので、詳しい原因までもがその時にわかるわけではありません。精密検査は昼間にしかできないものもあります。最初は原因不明で、ただ激痛と高熱があり、脚を抱え込み動くことができず、うめき声をあげているだけ、そんな状態でした。このまま死んでしまうかもしれない、と思いました。応急処置で胃腸の抑制剤を入れたのですが、次の日も激痛は止まず、強い鎮痛剤を入れてやっと眠った、という感じでした。少し落ち着くと、専門の先生が来て、説明してくれましたが、点滴につながれてうずくまっている自分は、とても孤独で、みじめで、この世の終わりのような感じがしました。

 

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 私の病気は時々また起こると思うのですが、命に関わるほどのものではありません。まあ、放っておけば助からないかもしれませんが、現代医療では十分に治すことのできる病気です。それに何度も運ばれているのですっかり慣れてしまいました。ヤバイな、と思った時点で自分で病院に行くようにしています。

 ところが私に優しく接してくれる患者さんたちは、命に関わるような病気で、運ばれた上に、説明を受けて理解しているのです。それでもなお、医療者を気遣うことを仰る。私はあんなにも寂しくて、辛かったのに、私の前の患者さんは、気丈に振る舞っているんです。レベルが違うというか、次元が違うというか。逆に私が励まされていることすらあります。

 

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 でもそれは、私の目の前の患者さんだけではないと思うんです。私のことを気に入ってくれた患者さんのような人は、どんな医療者の前にもいて、頑張れば、認めてくれて、治そう!という気になってくれると思うんです。医療者が頑張っているから、自分も頑張って治そう、って。笑ってくれると思うんです。点滴たくさんついていて、一人で歩けなくなってしまったとしても、笑ってほしいじゃないですか。せめて、少しくらい笑ってほしい。笑ったら、なんだか少しは良くなるかもしれないじゃないですか。それくらいしか出来ない。私には、それくらいしか出来ないんです。

 

 

 寂しくない、みじめじゃない、今はちょっと休憩しているだけで、笑って、元気になったら、また色々なことが出来るって思ってほしい。その病気はどれくらいひどいのかは私にはわかりません。でも、ゆっくり休んでほしい。笑ってほしい。病気が治っても治らなくても、笑ってほしい。だれも一人じゃない。

 

 

 私は看護助手で、治療はまだできません。でも、どうにか何かの役に立ちたいとは思っています。頑張ることしか、今は出来ません。でも、今はそれできっと良いんだと思います。明日も誰かに笑ってもらえるように、頑張ります。