ひとりのセラピストのひとりごと

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生きるのが辛い人へ。どうせなら、自分勝手に生きるべし!

  私は変わり者です。何でも挑戦します。無謀だとしても、やってみてから諦めます。その結果、良いこともあり、悪いこともあります。そういう人生。変わり者がゆえに周りに理解してもらえないとか、職場でうまくいかないとか、そういうことがたくさんありました。生きづらいと常々思っていました。でも最近、こうしたら良い生き方なんじゃないかな?と自分が生きやすい方法を考えています。今回は、変人の生き方について。

 

 

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生きづらい理由

 私が感じていることは私だけの問題であり、証明することが不可能です。そんなことない、気のせいだ、と言われると話が崩壊してしまいますから、主観的な話としてご覧ください。

 

人の気持ちが分かる

 私は人の心が分かります。誰しも、人の気持ちを察する能力はあると思います。「空気を読む」というのがそういう能力を指していますね。誰でも、空気を読んでコミュニケーションを図っています。ところが私は必要以上に空気を読みます。それは空気どころではなく、人の感情、心が、比喩ですが、視覚的に見えるほど、分かってしまいます。私がわかるのは原始的な感情です。「好き」「嬉しい」「嫌い」「憎い」「妬み」など、本能的な感情だけであって、難しい思考などが分かっているわけではありません。これは生まれた環境か、才能かはわかりませんが、この能力があるために、どこへいっても生きるのが辛いと感じていました。

 

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 「人の心が読めたらいいな」と思ったことはありますか?私は心が見えますが、これは苦しみ以外のなんでもありません。人間は、他人の感情なんて、知らない方が幸せなのです。真実を知ったところで、何も良いことはありません。ただ、傷つくだけです。人が発する、特に目立つ感情は「憎しみ」とか「妬み」です。こういった感情は強く、汚く、見るたびにどこか遠くへ行きたくなります。私は人間に生まれてきて、損をしたと思っていました。少なくとも、自分でない誰かになりたかった。

 

なぜ分かるのか

 気がついた時から人の心が見えてしまっていたので、誰でもこのくらい分かっているのだと思っていましたが、近年、そんなことは無く、自分が特別であることに気づきました。他人の感情について、人と話している時、時に会話のつじつまが合わないことがあったりして、おかしいなとは思っていたのですが、気づいたのは最近です。

 

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 気づいてから、何を根拠に人の心を予測しているのか、考えてみました。結局のところよくわからないのですが、少なくとも、相手の表情や声色、匂いなどを感じて判断しているのではないかと思います。あとは、会話のパターンとか、文章であれば文脈、文化的な反応も考慮しているのだと思います。ただ、いずれも自分の中で意識にのぼっていないので、想像でしかありません。

 理由は不明ですが、とにかくこのために私は長らく苦しんでいました。

 

他にもいるはず

 「人の心が分かる」というのは、「空気を読む」の延長です。ですから、程度は異なるでしょうが、同じ理由で生きづらいと感じている人はいると思います。ただし、人の心を読んでいるという自覚が無い方もいるでしょうし、気づいてない方が多いのではないかと思います。

 

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 「コミュ障」なんて言葉がありますが、それを自覚する方、自分がコミュニケーション障害者だと思う方、コミュニケーションが苦手な方には、人の心が見えている方がいるような気がします。相手の気持ちが見えるから、人と接することが苦手になるのではないかしら。

 

不便なこと

  この他にも不便な能力があります。私の理解や行動は、周りの大多数の方と比べて、速すぎます。判断までの時間が一瞬ですので、周りがついてこれません。ペースというのは、人数の多い方が絶対的になります。判断が速いことは、単独で見れば良いことかもしれませんが、団体の中では、協調性が無い、とみなされます。よって、小中学校ではイジメられることがありましたし、大人になっても、嫌われたり、妬まれたり、不当解雇の経験は3回ありますし、うつ病になってしまったこともあります。私は周りは正しくて、自分がおかしいと、長く責めていました。

 

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「 判断が速すぎる」ということ、「人の心が分かる」ということ、この2つを併せ持ってしまったために、これ以上ないほど不便な生活を送っていました。何しろ、私が苦しんでいる理由を、他人に伝えても、他人が理解できません。あなたは、「ああそうなんだ、わかるわかる」と言えますか?具体的に、似た体験を挙げることができますか?出来る方はとても少ないのではないかと思います。「人の心がわかりすぎる」と誰に言っても理解してもらえない。「そんなはずはない、勘違いだ」と言われて、笑われたり、バカにされたり、怒られたりしていました。とても辛かった。

 

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 これだけみんなが口をそろえて否定するのだから、私はいつも勘違いしていて、私がみんなに合わせなければいけなくて、それができない私はダメなのだと思っていました。

 

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生きやすい方法を考えた

 しかし最近になり、自分が生きやすい方法がだんだん明確になってきました。学校で勉強したり、色々な経験をして、知能が上がったために、角度の違う見かたができるようになったのだと思います。

 

自分の能力を認める

 私はうすうす、自分は人の心が見えているのではないかとか、知能が大多数と比べて違うのではないかとか、思っていたのですが、それを自ら否定していました。そんなことあるはずがない。「人の心が分かりすぎる」「私は異常かもしれない」と他人に言うと、「被害妄想だ」とか「誰でも自分は特別だと思っている」とか、そういうことを必ず言われていました。ですから、自分自身もそう思うように努力してきました。

 

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 でも、そんな思い込みは最初から無理だったのです。真実として、私は大衆が見ていないものを見てしまっている。そのために苦しみ、周りに理解してもらえない。これは真実なのです。

 

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 私は脳がおかしい。変わっている。変人だ。

 そう仮定すると、すべてのわだかまりが消えました。他人にとって、私は普通の人間でしかありませんが、他人の真実は、私の真実では無いのです。私には私の真実があります。

 

 私は変人であるから、周囲に合わせることはできない。もし合うとすれば、それは私と似たような能力を持っている人たちがいるところに行かなければいけない。そういう人は、私が行けるような場所にはいないだろう。よって、周囲に合わせる必要が無いライフスタイルが必要となる。

 

  全ての問題が解決しました。私にはこの社会は合わない。私にはサラリーマンが出来ないのです。であれば、サラリーマンでない仕事が良い。自営業とか、フリーランスとか。もし雇われるなら、非常勤職員など、必要以上に深い接点を持たない立場になる必要があります。自分に合った生き方が見つかりました。

 

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 これに気づいてから、私は人との距離を一定に保つことができるようになりました。誰とでも当たり障り無く仲良くなりますが、一定以上の関係になることはありません。そういう意味では、一般に言う「友達」はいないかもしれません。広く、浅く、人間関係を構築するようになりました。これが一番、楽でいい。長く一緒にいたら、また嫌なものが目に入ってしまうから。

 

 

周りに合わせる必要なんてない

 会社や学校など、集団の中では、ある程度の協調性は必要ですが、それ以上に周りに合わせる必要は無いと思います。私が思っているよりも、人類は、自分本位であった。人の気持ちを常に考えている人なんていません。誰でも自分が一番大事で、他人のことなど気にも止めていないのです。

 

 

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 繊細な人は、他人にどう思われているか気にします。私もずっと気にしていました。それはクセで、なかなかなくなりません。しかし、基本的に人間とは、他人はどうでも良いのです。自分が一番大事だから。職場の同僚だとか、学校のクラスメイトなんて、家に帰ってまで考えることではないのです。

 

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 それから、どんな人間も悪口を言われます。ですから、あとで悪く言われるとビクビクする必要はありません。悪口を言われている前提で行動しましょう。

 悪口を言われないように行動することは不可能です。どんなに偉い人だってどこかで悪口を言われています。それが人間なのです。それを気にしていることは不毛でしかありません。悪口を言われていることを前提とすると、抑制する必要が無く、思い切った行動ができるようになります。

 

 

自分勝手くらいがちょうどいい

 悩みやすい人、繊細な人は、他人の気持ちを気にします。でも、他人は自分が思うほど、自分のことに興味がありません。自分が思うほど、人に親切にしていないですし、気も効かないし、自分本位です。だから、自分も、自分勝手くらいが丁度良いのです。しかし、マナーやルールは守る必要があります。 挨拶とか、譲り合いというのは、日本のマナーです。でもそれさえ守っていれば、自分勝手でも関係ありません。そもそも、今だって誰かがあなたや私の悪口を言っているんです。だったら自分勝手でいいじゃありませんか。

 

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 世の中は、優しい人が、苦しむように出来ています。自分がつらい思いをしてまで、他人に合わせる必要はないと思うんです。だって、人生という物語の主人公は、あなたなのですから。私も、私という物語の主人公です。自分が生きやすいように人生を選択して、悔いなく生きていこうと思います。

 

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え