ひとりのセラピストのひとりごと

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気が合う?気がある?人の「気」の話

 気が合う人っていますよね?気がある人はいますか?天気、空気、気持ち、気のせい、「気」という言葉は日本語の中にたくさんあります。「氣を練る」なんて言葉が、漫画やアニメでありますが、気とは練れるものなのでしょうか?今回は、ひとの「気」について、私の考えをまとめてみます。

 

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気とは

 「気」と、一言で表すならば、それは目に見えないけれどあるものを指しています。人の気持ちも、天気、気候、電気、すべて目に見えない気ですね。言葉にある気は、目に見えないけれどある、という意味を持っています。

 特に、人の中にある、目に見えないチカラを表す時は、漢字を「氣」と使い分けたりすることがあります。「元氣」などと書きます。私は「氣」という字面が見にくいのであまり書きません。漢字の使い分けはその人の趣味だと思います。

 

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 他には、何をイメージしますか?「気を感じる」というと、気功とか、オカルトのような、なんだかすごいパワーで、非科学的なものを想像する方も多いのではないかと思います。動画サイトで、気功で相手を倒していくようなものを見たことがありますが、あれが本当に目に見えないチカラの気だったら、すごいですし、信じ難いですよね。

 

元々は中国の古代思想

 気の考えは、元々は中国の古代思想にあります。「寒気」や「暖気」など、肌で感じる温度が外の気で、それが悪い影響を与えるならば外からの邪気である。邪は悪いもの、という意味です。難しいのでこれ以上の説明はここでは控えますが、元々は、中国からきた考え方です。

 

気を操る仕事のひとたち

 気とはオカルトでもなんでもなくて、ただ、目に見えないけれどそこにあるものという意味です。気を操ることを仕事にしている人もいて、鍼灸師がそのひとつです。鍼灸師は身体の中にある、目に見えないけれどたしかにあるチカラ、たとえば免疫力なんかを操作して、病気を治します。「気」の考えは、鍼灸師は必ず持っているものであり、国家試験の出題もあるのです。

 

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 他にも、太極拳などの中国から来た格闘技や、ヨガなどのアジアの健康法は、気の考え方を持っています。言葉の言い方はそれぞれですが、気と同じ意味の、目に見えないチカラを操作して、戦ったり、呼吸をしたりします。

 

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 格闘技は相手に向けて気を使いますが、治療や健康法は、自分や患者の中の気を操作しますね。気は、身体の外にあったり、中にあったりするのです。

 

 

体外の気と体内の気

 人の身体の外にある気と、中にある気があります。外の気とは、「天気」「陽気」「電気」など。気と付く言葉はたくさんありますね。

 身体の中の気は、どんなものがあるでしょうか。「気持ち」「気合い」「元気」などが思い浮かびます。他にもたくさんあるでしょう。

 こういった言葉が表すように、「気」は、身体の外、中、に大きく二分することができます。

 

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 鍼灸師などの治療家、ヨガなどのインストラクターは、こういう体内の気を操作しています。格闘家はちょっと複雑で、体内の気を外に出力して、パンチの威力を上げるような、そういうことをしていると思うのですが、私は格闘技を習ったことがありませんので、このあたりは詳しくないところです。

 

 「気を練る」という言葉が漫画などでたまに出てきますが、本当に格闘家が気を練っているのかどうかは、私にはわかりません。気って練れるのかなあ?粘土みたいな感じ?(笑)

 

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体外の気は他人の気持ちもある

 体外の気は色々なものがありますが、私が日常でよく感じるのは、他人の気持ちです。自分の身体の外の気ですから、体外の気ですね。たとえば、自分が好きな人、気が合う人と一緒にいると、いい気分になりませんか?自分が嫌いな人、気が合わない人と一緒にいたら、いやな気持ちになりますよね。

 

よく女性で、「生理的にむり!」という印象を、特定の人に持つことがありますが、生理的にむりな人は、近くにいただけでいやな気持ちになります。人は、常に他人の「気」を感じているのです。

 

オーラ

 他人の気を視覚的に見ているのが、スピリチュアルヒーリングなどの「オーラ」という考え方です。訓練が必要だそうなのですが、人のまとっている気を、オーラと表現し、それが色として目で見えるようになるそうです。個人的には目で見えるようになるというのは信じ難いのですが、そういう訓練を積めば、誰でも見えるようになるという文献がありました。世の中には色々な考えがありますね。

 

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私の感じる「気」

 私は他人の気をよく感じます。それは自分に向けられたものしか分からないのですが、言葉を変えれば、「注目」「注意」などと言い表わせるでしょうか。例えるならば、「他人の視線」です。気が強い人や弱い人、また、気の形も丸い人とか、線である人とか、濃い・薄いとか、そういうことを感じます。

 また射程距離のようなものもあって、それは個人差がありますが、気の形が丸い人は、つまり気が円のようになっている人は、半径2メートルくらいで、線状の人であれば、もっと遠くまで飛んでいる気がします。

 

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 と、こうやって書いてみると、まるで見えているようですが、全く何も見えていません。そのように感じるのです。だから、妄想かもしれないし、幻覚かもしれません。科学的に考えてみるのですが、説明が困難であると思います。どうしようもないので、聞かれない限り、この話は他人に言ったことがありません。変だもの。

  

 

 

 鍼灸師は気を操ると申しましたが、私のように体外の気を感じている人はほとんどいないと思ってください。こういう人はかなり特殊です。特異体質。考え方次第なのかもしれませんが、鍼灸師に限らず、全ての業界の中で、こんなことを感じている人はとても少ないでしょう。

 

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 ただ、特に女性の鍼灸師は、科学では説明できないようなことを感じている人がしばしばおられます。私たちはそう感じた時、科学で説明できないことが分かっているので、自分を疑い、悩み、受け入れていくのですが、他人に分かってもらえませんから、まあ不便です。仲間でも分かる人・分からない人がいて、あまりこういった話はできないところです。

 

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やろうと思えばできる?

 この記述を読んで、「私も気を感じたい!」と思いましたか?それが良いことか悪いことかは分からないのですが、やろうと思えばできると、私は思います。普段、ヒトは他人の気持ちについて、注意することがありません。ただやってないだけで、ある程度は誰でもできるのではないかと思います。しかし私は生まれつき出来ていたので、実際は難しいことなのかもしれません。

 

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 何しろ「気」は目に見えませんから、説明することもとても難しい。「手を動かして。その手はどうやって動かしているの?」と聞かれると、答えられないですよね。「大脳新皮質の中心前回から下行性の伝導を出してその調整を下位中枢が・・・」って説明するのもおかしいじゃないですかw 言えないんです(笑)だから「どうやって気を出すの?」とか「どうやって気を感じるの?」も、言えないんです。

 

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気がつくことが、はじまり

 私は、私たちのように、気などを必要以上に分かってしまうのは不便なことだと思います。自分で信じられないので、とても悩みます。しかし、普通の人であれば、「気づいてあげる」ことが出来れば、それで十分だと思うんです。電車の中で、おばあちゃんに気づいて、席を譲ってあげる。友達が一人で悩んでいることに気づいて、訳を聞いてあげる。そういうことができれば、もう十分だと思います。それはきっと人の役に立ち、自分のためにもなる行動です。

 

 誰かの気持ちに気づいてあげる。

 ほんの少し、外に目を向けて、誰かを気づかってみてはいかがでしょうか。