ひとりのセラピストのひとりごと

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リスクカットを考える。人生は勝つばかりではない。

 現在、春休みで、仕事に集中しています。私は看護助手のアルバイトの他に、ブログとトレードをしていますが、個人的な仕事は未だ芽が出ていません。何でもそうですが、上手くいかない時があります。でも、ゆっくりと確実に前進していれば、いつか芽が出て、花が咲くことになります。

 

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 特にトレード(金融取引)に関して言えば、いつも利益が出る(勝つ)とは限りません。必ず損をする(負ける)時があります。負けながら、少しづつ勝っていくのですが、負け方にも色々あると感じます。今回は、勝負の負け方について。

 

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負け方の色々

 負ける時ってどんな時でしょうか?ゲーム、スポーツ、恋愛、仕事、人はある意味色々なところで勝負していると言えます。ゲームやスポーツが勝ち負けがはっきりしていますが、恋愛や仕事は、その人によって勝ち負けが変わってくるところかもしれません。

 

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何を持って勝ちとする?

 恋愛は、ライバルに勝って、恋人ができたら、勝ちでしょうか。仕事だったら、成績が上がったら勝ち。でも、もし事情があって、それができなかったら?

 

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 恋人が既婚者で、片思いをしていたら、その人の本当の幸せを考えたら、思いを伝えずに去る方が、全ての人のためになるかもしれません。恋人の家庭、自分の将来を考えたら、また選択が変わってくると思うんです。

 仕事だったら、部下に手柄を取らせるために、自分の顧客を譲ることもあるかもしれません。自分の成績は下がりますが、部下は成績が上がり、モチベーションになり、より良い人材になるかもしれません。これも目的によって選択が変わります。

 

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 社会の中で、勝ち負けは、必ずしも同じ審判ではありません。人により、見かたにより、変化するものです。見た目が負けていたとしても、自分の中で勝ったとしたら、それは勝ちであるのです。

 

 

投資取引の勝負

 投資取引、トレードでは、株でも為替でも、どうしても負ける時があります。しくみ上、全く負けないようにする、というのは不可能です。問題なのは、負けた時、いかに損失を少なくするか、ということがとても大事になってきます。

 

 

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www.tenishoku-serapisuto.net

 

初心者にありがちな失敗

 私もまだ上手くできないのですが、負けた時に、諦めて負けを認めることがとても大事です。「リスクカット」と言います。初心者にありがちなのは、このリスクカットが上手くできず、損失を増やしてしまう、ということです。これがとても難しく、心理的な強さが必要になってきます。

 

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 投資において、勝つのは当たり前ですから、特に警戒する必要はないのですが、負けることは、どうしても人間は受け入れるのが難しく、心が動揺してしまいます。負けた時は、もうやりたくない、と思いますし、とてもしんどいです。でも、負けを含めて投資なのですから、この心理的なコントロールをしなければいけません。

 

 

スマートな負け方

 負けた時、リスクカットできるということは、損失を最小限におさえることができます。負けたと思ったら、受け止めて、それ以上その取引はやらないようにする、ということです。落ち着いて、「負けた。次は勝とう。」と認めることは、大変スマートな(賢い)負け方、と言えます。

 

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 スマートでない負け方とはどういうものでしょうか。負けたと思っても、焦って同じ取引にどんどん投資してしまうと、最終的に持っている全てを無くしてしまうかもしれません。そうすると、取引することすら、できなくなってしまいます。その結果、ネットでは「あの取引はやらない方がいい」とか、「あの会社はダメだ」と、人のせいにしてしまう。これはスマートではありませんね。

 

 

負けた方がいい時

 人生は勝ってばかりではありません。どんな人でも失敗するし、勝ったり、負けたりしながら成長していきます。日産のカルロス・ゴーン社長の名言ですが、「ピンチはチャンスだ」というように、負けた時こそ、カッコよく負けて、次のチャンスのために学ぶ時だと思うのです。

 

負けられない人たち

 負けられないために不毛な争いがおきることもあります。インターネットの掲示板で、悪口の言い合いが起きる。現実世界でもありますね。お互いが主張して、譲らないため、ケンカになってしまう。あえて負けて譲れば、話し合うことができます。自分の主張を言いたければ、一度相手に譲り、冷静になってから交渉することもできますよね。

 

有名人だって人それぞれ

 有名人も、ケンカしてしまって裁判にまでなってしまう時があります。土屋アンナさんと、舞台監督の甲斐智陽さんの裁判が2審まで行われ、報道されています(2017年現在)。どちらが正しいかは私にはよくわりませんが、裁判所が和解案を出しているのに、なかなかおさまらないというのは、負ける(この場合は譲る、ですね)ことができないためとも言えます。

 

参考

matome.naver.jp

 

 

戦う企業家

 私の尊敬する人たちのひとりに、実業家の堀江貴文さんがおります。彼の本はわかりやすくて面白く、愛読書の一つです。堀江さんがトラブルに巻き込まれ、刑務所に入らなければいけなくなってしまったことがありますが、その時に書かれた本が、「我が闘争」です。

 

我が闘争

 

 

 かの有名なアドルフ・ヒトラーの著書と同じ名前で、ショッキングなタイトルですが、堀江さんの失敗や成功が詳しく書かれています。その中の一節に、「勝負には負けたが、試合には勝った」というフレーズがあります。

 この言葉には背景があるのですが、何を持って勝ち・負けとするか、それは人によって違うということです。それは何を目的とするかでまた変わりますし、何をしてきたかでも、変わります。堀江さんは発想豊かな方でたくさん挑戦をします。だから大変な失敗も経験されている。私はその探究心を尊敬しています。

 

 

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 社会人であれば、自分の主張を譲らなければいけない場面があります。それは考え方によっては、「負け」かもしれません。でも長い目で見た時、争う時間が短ければ、もっと有効に時間を使うことが出来ます。譲ることは難しいかもしれません。でも、その選択ができる人は、私は賢いと感じます。そして私も、そういう人間になりたいです。