ひとりのセラピストのひとりごと

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認知症の患者さんが教えてくれたこと。看護助手のひとりごと

  私は内科病棟で看護助手として働いています。

  患者さんにはやはり高齢者の方が多いのですが、認知症の方もしばしば入院されています。

  私は認知症の方とお話したことが一度もなかったのですが、先日とても良い経験をしたので、そのことについてまとめてみます。

 

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認知症のおばあちゃん

  先日から入院しているおばあちゃんは車椅子の移動で、排泄も介護が必要。でもご飯を食べることはできるので、食事の時間にナースステーションにつれてきて、1人で食べてもらっていました。食欲は旺盛で、出されたものは全部ペロリ。

  美味しそうですね、と話しかけると、「とっても美味しいよ」と答えられたので、しっかりしている人なんだなあと思っていました。

 

  手が空いたので、話しかけてみた。

 

めりー  「今日は天気が良いですね」

おばあちゃん  「そうね、良い天気。天気は今までも悪いことなんてなかった。この青い紐は、ほどけることもあるけど、また結べば大丈夫なの・・・

めりー  (・・・?哲学的な人なのかな・・・?)

 

  その後もずっと話し続けるおばあちゃんでしたが、何を言っているのかが分からない。楽しそうに話しているのですが、よく聞いていても意味がわかりませんでした。

  看護師さんに、「この方は認知症なんですか?」と聞くと、そう、とのこと。

 

  ・・・哲学的じゃなくて症状だった(^_^;)

  うーーん、でも聞くと普通に答えてくれるから、なんだかうわさに聞く認知症とちょっと違うなあ。

 

  これとても不思議なんです。

  質問すると正確に答えられるのですが、その後の話が混乱している。

 

  初めて接する認知症の方に、新鮮さと驚きと、深い興味を覚えました。

  症状は人それぞれなようなのですが、この方は混乱した話の中に、時々正しいことを話していました。

 

 

  隣でおばあちゃんの話をずっと聞いていると、看護師さんに「めりーさん楽しそうだね」と言われました。

  いやあ、かわいくて・・・と言うと、おばあちゃんがそれを聞いて嬉しそうににっこりと微笑み、

  「かわいい、かわいいとカラスが鳴くの」

  と、「七つの子」を歌い始めました。

  そんな歌だったんですね、と私が聞いていると、もっと喜んでくれて、「汽車ポッポ」とか「海」とか、童謡をたくさん聞かせてくれました。

 テンションが上がってきたおばあちゃんは、タオルを「ほっかむり」にして、盆踊りの手をして、車椅子の上で踊ってくれました。

  それを見ていた看護師さんが、「おばあちゃん、どうしちゃったの、今日は!?

  いつもと違うんですか?と聞くと、「今日は元気が良い・・・良すぎる!!((((;゚Д゚)))))))」とめちゃビックリしておられた。

 

  ナースステーションでは看護師さんは忙しくてあまり患者さんと長く話さないので、おばあちゃんは私が聞いてくれるのがよほど嬉しかったよう。

  歌がうまくて、聞いているとじ〜〜んとしてきてしまいました(笑)

 

 私がそろそろ退勤時間という時に、看護師さんに「めりーさんは最近、学校大変なの?」と尋ねられました。

  「期末試験があるんですが・・・それよりすごいんですよ、私、来月中国に留学するんです!・・・中国語話せないけど(笑)」

  そんな話をしてから、退勤しました。

 

おばあちゃんに呼ばれた

  そんなことがあって、週が明けてまた出勤した時のこと。

  他の患者さんと話している時に、誰かが「看護師さーーん」と呼んでいた。私は看護師じゃないのですが、呼ばれたらすぐに行って、看護師に伝えるのも仕事のうち。

  声のする方へ行ってみると、あのおばあちゃんが呼んでいた。

 

めりー  「おばあちゃん、どうしたんですか」

おばあちゃん  「ここは何をしているの。あの人に聞けばいい。あの人は何でも知っている。言葉は何が話せるの。英語、チャイナ語、何を変える。あなたは。」

めりー  「ごめんなさい、何を言っているか、難しくて分からないです・・・」

おばあちゃん  「私が教えてあげる。変えればいい。はい、やってみて。」

 

  最初は何を言っているのか理解できなかったのですが、おばあちゃんは言葉の言い換えを私に教えているようでした。  翻訳です。

 

  この方は、私が先週退勤する前に、看護師さんに「中国に留学する」「中国語が話せない」と言っていたことを覚えておられました。そして病室から呼んでいたのは、私だったんです。私の声が聞こえたから、私を呼んで下さいました。

 

  耳も目もしっかりしていて、一度話しただけの私の声を覚えておられました。

  よく聞く認知症は、誰が誰だか、すっかり分からなくなってしまうとか、ご飯を食べたことも忘れてしまうというような症状でしたが、この方はかなりしっかりしている。これにはとても驚きました。

 

 

  おばあちゃんはメチャクチャな言葉で、一生懸命私に翻訳を教えてくれました。

 

  震える手を伸ばして、私に一生懸命、「やってみて」「よくできた」と教えてくれて、私は聞いているうちに涙が出てきてしまいました。

 

  どうにも泣くことをやめられなくて、ポロポロと涙を落としていると、

 

  「泣くほど頑張っているじゃない

 

  と、急に私に分かる言葉で話してくれたんです。

 

  時々、正しい言葉を使いますが、ほとんどがメチャクチャ。でもその後も一生懸命私に教えてくれました。

 

  「偉い人に会いなさい。勉強しなさい。

 

  私の手を握って、病院の偉い人に、会いに行けと言ってくれました。

 

  それがどういう意味だったのかはわかりません。私が頑張っているから、偉い人に認めてもらえ、という意味かもしれませんし、病棟の不満を伝えて欲しい、助けて欲しいという意味だったかもしれません。

  でもこれほどまでに、言葉が分からなくなってしまっても、私に教えようとしてくれるということは、偉い人に認めてもらえ、という意味だったのかなと思います。

 

  でもおばあちゃん、それって難しい。

  偉い人に会うのって、どうやったらいいかわからないよ。

  会っても、何を言ったらいいかわからない。

 

  私、看護助手だからさ・・・。

 

 

  その後は看護師さんに呼ばれて、仕事に戻りました。

  泣いているわけを説明しても、分かってもらえませんでした。

  笑われただけでした。

 

 

 

  認知症って、言動がメチャクチャになってしまいますけど、機嫌がいい時とか、悪い時、元気な時、そうでないとき、それはみんな一緒なんだと思います。

  周りを見ていると、「この人は認知症だから、もう分かってない」という態度が分かります。それが分かるのは、私だけでなくて、患者さんも分かっている。医療者の心の中って、見られているんだと思います。

  おばあちゃんは看護師さんの前では萎縮してしまっていたけど、私にはこんなにしっかり話してくれました。言葉はメチャクチャだけど、分かろうとすれば、分かるんだと思います。

 

  人間は、人間の心の中が見えるんだと私は思います。

  頑張っていれば誰かが見ていて、認めてくれる。そうでなければ、嫌われてしまう。

 

  はたからみたら、私とおばあちゃんは頭がおかしいように見えたかもしれません。

  でも私も、おばあちゃんも、深い話をしていました。手を握り合って、涙を流しました。

 

  この経験は一生忘れません。

  きっと、おばあちゃんが言うように、いつか偉い人に会いに行こうと思います。