ひとりのセラピストのひとりごと

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手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

他人の不幸を喜ぶ人についての考察。本当に辛いのは喜ぶ方

 生きていると一定確率で「人の不幸を喜ぶ人」に遭遇します。私は人を喜ばすのが好きなので、本気でその人を喜ばせたくて不幸なことがあると知らせると、喜んでくれます。一見「なんで!?」「なんて嫌なやつなの!?」と思われがちですが、他人の不幸を喜ぶことには深い意味がある。

 今回は人の不幸を喜ぶ人についての考察です!

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他人の不幸が嬉しい人たち

 私は何事もそつなくこなす方なのですが、いろんなことに挑戦するので、やはり失敗もあります。特に最近は彼氏と別れて落ち込み気味です。

 先日、友達連中のところへ久しぶりに顔を出した時に、そのことを報告すると、喜ぶだろうな〜と思った人たちがやっぱり嬉しそうな顔をしていました。

 

めりー  「聞いてよ、彼氏と別れちゃったんだよ」

その人 「え〜〜!?うまくいっていると思ったのに!!」(すごく嬉しそうに満面の笑顔)

 

 このように、残念そうな発言をしつつ、顔に心がものすごく現れる人がいます。

 

 まあ、自分的には残念な結果でしたが、喜んでもらえて何よりです。

 昔は私もこういった人たちに対してものすごく憤慨していたのですが、今は何と無く気持ちがわかります。人数的には感覚値ですが10人いたら、1人か2人程度。男女問わずいると思います。

 

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自覚はある

 私の経験では、彼らは他人の不幸を笑ってはいけないことは知っていますし、そんな自分は嫌なやつだ、と言う自覚もあります。不幸なことを報告して喜んでいる時に、「嬉しそうだね!」って言うと、怒りますし、結構傷つきます。喜ばれても言ってはダメです(笑)

 

 以前、他人の不幸が嬉しい人に、「人が幸せになって行くのを祝福できない」と悲しそうにぼやかれたことがあります。不幸を報告されて喜ぶことはいけない、と強く思っているのですが、どうしても喜んでしまい、それが顔に出てしまうようです。

 あまりにかわいそうなので、このブログでは彼らを弁護する方針です・・・w

 

 

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 かく言う私も他人のトラブルは結構面白いと思っていますし、素直に笑ますしバカにします。ただし笑い話に限りますが。最後にアンハッピーなことがあると笑えないのであまり面白くありません。

 

 

なぜ嬉しい?他人の不幸

 他人の不幸が嬉しい人たちは、基本的には喜んではいけないということを分かっているのです。他人の不幸を聞いた時に、心の中に「嬉しい」という感情が沸き起こることを知っていて、そんな自分はダメだ、とその都度傷ついています。

 自分の心の中は、自分にしか見えません。感情は止めることができないので、喜び、悲しみ、傷つき・・・を繰り返しているようです。

 

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 何が一番かわいそうかって、顔に出てしまうというのが本当にかわいそう。なぜなら人に嫌われるからです。何か辛いことを話した時に喜ばれたら、もう相談されなくなりますから、自然に避けられることになります。表面上の人間関係になってしまうでしょう。

 

 どうしてこの人たちは、分かっているのに他人の不幸を喜んでしまうのでしょうか。

 

競争で負けてきた

 子供の頃、兄弟がいてよく比較され、さらに失敗を親に否定されると、コンプレックスとなります。兄や姉が失敗すれば、必然的に自分が勝つことになりますので、常に他者の失敗を望まずにはいられません。

 兄弟でなくても、クラスなどでそのようなことがあれば、「他人が失敗すると、自分は優位に立てる」と学習されるので、他人の不幸を喜ぶ人間になることがあります。

 

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 しかし道徳感は他の人たちと同じものを学習しますので、「他人が悲しんできるときは、一緒に悲しまなければいけない、わかってあげなければいけない」という気持ちを持っています。

 

 

 「他人が失敗すると自分は優位に立てる」という学習と、「他人の失敗(悲しみ)は自分の悲しみ」という矛盾した考えを同時に持つことになりますから、おそらく想像以上に苦しいのではないかと思います。

 

 

 強い自己否定があるので、物事を成功させるにはとても障害になりますし、本人自身も矛盾に気づいていないことが多く、「理由はわからないけれど自分のことが嫌い」となることもあるでしょう。

 普通の人が想像できないような苦しさを抱えているのではないでしょうか。

 

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他人の不幸を喜ぶ人との接し方

 さて、では他人の不幸を喜ぶ人とはどう接していったら良いでしょうか。

 私はどんな人でも喜んでほしいと思っているので、彼氏と別れたことを報告してみたのですが、やっぱり喜ばれても素直によかったと思えない。当たり前。だって自分にとっては悲しい出来事なんだから。

 

 やってみて思ったのは、そんな人には何も言わなくていいと思いました。当たり前。

 

 

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 余計なことを話してしまって、喜ばれたらこちらは悲しい。相手もあとで悲しくなる。悪循環ができるので、お互いの利益のために、そんな人間関係は切ったほうがいいと思います。人にはそれぞれ違った価値観があるので、違うな、と思ったらその人とは関わらなくて良いのです。もっと自分にあった人と話せばいいだけのこと。

 

 

 

 「他人の不幸を喜ぶ人」には「やっぱり他人の不幸を喜ぶ人」みたいな友達がいます。わざわざ「他人の不幸を喜べない人」がお節介に関わらなくて良いのです。それが最も平和だと思います。

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 ただし、「他人の不幸を喜べない人」は、彼らが自己嫌悪していることを想像するといいと思います。不幸を喜ばれると、「なんだコイツ、ムカつく」と思ってしまいがちなんですけど、当の本人も自己嫌悪しているので、無駄にケンカするのはやめましょう。

 

 人は自分が分かっていることを注意されると結構怒ります。だから何も言わずに去るのが正解。

 

 職場や学校など、どうしても顔を合わせてしまう人だったら、挨拶のみの関係になりましょう。「他人の不幸を喜ぶ人」は、自己嫌悪があり、人に嫌われることがわかっています。避けると、相手もわかってくれますから、距離をおくことができます。

 

 

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 一番やってはいけないのが、ムカついたからといってケンカしたり、その人の悪口を言って余計に関係を悪化させること。

 「人の不幸を喜ぶ人」は、悪気があって喜んでいるわけではありません。不幸にもそうなってしまったので、かなり苦しんでいます。ですから、不幸を喜ばれてムカついたとしても、絶対にその人のことを悪く言ってはいけません。余計なトラブルに繋がります。

 

 どうしても言いたい場合は、お問い合わせフォームに書いて送ってくださいwww

 

 

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他人の不幸を喜ぶ人はどうしたらいい?

 では当の「他人の不幸を喜ぶ人」はどうしたら苦しみが減るでしょうか。

 人の不幸を喜ぶ→自己嫌悪するという悪循環ができるので、まずこれを断つことが必要です。

  人の不幸を喜ぶことは子供の頃の強い学習ですので、なかなか変えることが難しいと思います。そこでまず自己嫌悪することを止めるのが最も簡単でしょう。

 

 人の不幸は嬉しい。それはしょうがない。自分は悪くない。

 

 まずこれを認めるべきだと思います。

 おそらく、幼少期に他人が失敗することが、自分にとって重要だったのだろうと思います。そしてそれはあなたのせいではない。生きるために大切なことでしかなかった。

 だからあなたは正しいのです。それが自然な感情なのだから。

 

 感情が顔に出るというのは、素直でとても良いことです。そこを変える努力はする必要がありません。そのままで良いと思います。

 でも、自己否定は苦しいだけだからやめたほうがいいと思います。

 まずは自分が認めないと、誰も助けてくれません。誰の声も聞こえません。

 

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いろんな人がいるけれど

 この世界は競争社会です。常に競争させられて、争いを強要されています。でもそれで傷ついている人たちがいる。それは、一見「なんだこいつ!」と思ってしまいがちなのですが、一番傷ついているのは、ご本人だと思います。

 

 つまらないことでケンカが起きて、悪口を言い合って、そんな世の中ですが・・・

 

 私はケンカは嫌いだし、悪口もできれば言いたくないです。

 たまに言っちゃうけど。

 

 つまらないじゃないですか。くだらないし。だったら他人から学んだり、尊敬したりするほうがすごく建設的だと思うんですよね。

 まあそれをみんなにやってほしいとは思わないのですが、せめて理解する努力をしてほしいと思います。

 

 

 人と人が、手を取り合い、ともに助け合って生きられる日本になるために。

 

 

 でわ!