ひとりのセラピストのひとりごと

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鍼灸マッサージ師で末期医療をしてみたけど、患者を見送ることについて書いてみる

  鍼灸・マッサージ師として新卒で末期医療病院に就職して早3ヶ月が経とうとしています。

 

 

  色々ショッキングなことがありましたけど

 

 

  亡くなる人を見送るっていうのが考え深いので、

 

 

  自分の思考を整理する意味も含めて文章を書いてみます。

 

 

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一般にあまり知られてない医療職である鍼灸師、マッサージ師。

 

 

  細かい説明は別の記事で書いているので省きますが

 

 

  鍼灸師もマッサージ師も、医療現場では高齢者を扱うことが多いです。

 

 

  病気になって早い段階の急性期では、病院で治療を行なっていますが

 

 

  時間が経った慢性期では、病院よりも自宅や施設で過ごすことが多くなります。

 

 

  特にマッサージ師は患者の自宅へ訪問して、

 

 

  予防的な治療をしていく訪問マッサージが普及しています。

 

 

  長い付き合いになれば、高齢者の患者は天寿を全うすることもあり

 

 

  職業的に、人の死に向き合う機会の多い仕事となります。

 

 

 

 

  私の就職先は病院で、

 

 

  ふつうの病院とは違って、患者がほぼ全員重い病気や麻痺を抱えています。

 

 

  死に接する機会もちょくちょくあり、

 

 

  直接担当した患者を見送ったことはまだありませんが

 

 

  もうそろそろ・・・という方は結構います。

 

 

 

 

 

  一般的には死とは悲しいものだったり、恐ろしいものだったりしますが

 

 

  生物である以上は避けては通れない人生のゴール地点です。

 

 

  私は肉親を亡くしたことがありませんが、

 

 

  知人が急逝したりということはありました。

 

 

  その時はとにかく悲しくてしょうがなかったのですが

 

 

  死が日常の1つである今は、

 

 

  特別悲しいという感情はあまり抱きません。

 

 

 

 

 

 

  今日も一人、旅立っていった人がいましたが

 

 

  感情らしい感情はあまり意識に登って来ませんでした。

 

 

  おつかれー・・・って、感じです。

 

 

 

 

 

  鍼灸・マッサージの専門学校在学中は

 

 

  大学病院で看護助手のバイトをしていました。

 

 

  (仕事はパシリみたいなもんです)

 

 

  その時も、医師や看護師がバタバタしているのを

 

 

  ただ傍観していただけだったのですが

 

 

  今も、他人の人生を傍観しているのだと思います。

 

 

 

 

 

  今、私がいるのはリハビリ部署なので、元気のある患者さんはリハビリしています。

 

 

  なんとか向上させたい一心で、勉強したり、話し合ったり、自分なりに頑張っていますが

 

 

  患者さんの状態は普通の人とは違うので

 

 

  頑張ってあげることしかできないから、私が頑張る

 

 

  みたいな感じです。

 

 

  意味あるのかなあ・・・と思うようなことばかりしています。

 

 

  最初はそれで結構悩んだのですが

 

 

  結局は自分にできることをやるしかねーな、と思って

 

 

  意味の有無はどうでもいいかな、と今は思っています。

 

 

 

 

 

  人が亡くなる時

 

 

  その時って、

 

 

  医学って意味ないんですよねー。

 

 

  どんなケースでも死っていうのは自然の摂理なので

 

 

  人間が作った医学は、自然に抗っていると思います。

 

 

  だから負けることが多い。

 

 

  というか負けしかないです。

 

 

  死は西洋医学の敗北と言う人がいますが

 

 

  優れた医者が、患者を救ったとしても

 

 

  また違う機会に亡くなる日が必ず来ます。

 

 

  医学は、どんなに頑張っても時間稼ぎしかできないと思います。

 

 

  テレビとかで

 

 

  カッコいい天才外科医みたいなのを特集したりしていますけど

 

 

  あれは見た目の問題で

 

 

  実は医学も天才外科医も、人のなんたるかには全然アプローチできないなーって思います。

 

 

  てなことを医者に言ったらすごい怒られると思うけど。

 

 

  時間稼ぎは、無駄ではありません。

 

 

  良くなったら、その人は楽しい生活を送れるかもしれないし。

 

 

  だから天才外科医はとても大事なことをしていると思うのですけど

 

 

  自然の摂理である死に対して、人間は無力そのものかなーって思います。

 

 

 

 

 

  他人に対して・・・

 

 

  自分って、本当に大したことできないんですよね。

 

 

  だって、その人は、その人の意志で生活しているから。

 

 

  他人の悩みの原因を、根本的に解決してあげるって、できないんですよ。

 

 

  その人が意志を持って変えようとしない限りは、変わらないから。

 

 

  そんな中で

 

 

  じゃあ医療者って役立たずなの?

 

 

  って思われちゃいそうだけど

 

 

  たぶん、我々が自覚しているよりは、役に立ってないのではないかと思います。

 

 

  自分は患者を救っている!

 

 

 人の役に立っている!!

 

 

  っていうエゴがあるから、医療者ができるわけで

 

 

  死の前では、医療者とか関係なくなっちゃって

 

 

  自分は、ただの、ひとりの人間だ、って思っちゃいます。

 

 

 

 

 

 

 

 というのも開始3ヶ月の新米だから、無気力症候群的な現象が起きているだけかもしれないけど

 

 

  でも、全部間違っていることはないかなーって思っています。

 

 

 

 

 

  やる気とかモチベーションって、あんまり要らないと思うようになりました。

 

 

  そんなもの持とうとするから、きつくて潰れたりするんだと思う。

 

 

  今の私は、あんまり患者の何かにはなってないけど

 

 

  無いよりは良いし

 

 

  刺激にはなるし

 

 

  なんだか知らないけど感謝もされているみたいだし

 

 

  だからこれで良いのかなーって思っています。

 

 

  私には患者の苦痛を止めたり、死を防いだりすることはできません。

 

 

  でも、患者の気持ちを想像したり、話を聞いてあげることができます。

 

 

  患者の悩みを誰かに伝えて、一緒に考えて欲しい、と頼むこともできます。

 

 

  まあそれしかできないんだけどねー。

 

 

  でも、それでも良いみたいです。

 

 

  あなたのおかげ、なんて言われるからねえ。

 

 

 

 

 

  死について、みんなあんまり考えないようにしているけど

 

 

  今、自分が生きていることがわかるから

 

 

  一回くらいは、考えてみた方がいいと思う。

 

 

  日本には、自殺したい人もたくさんいると思うんだけど 

 

 

  自殺なんてくだらないな、って思えちゃう。

 

 

  だって自分で選ばなくったって、その時は来るんだもの。

 

 

  自殺のこと考えるんじゃなくて、

 

 

  自然現象の死について、考えてください。

 

 

  結果は同じだから。

 

 

 

 

 

  まあ今日は疲れた・・・。

 

 

  旅立っていった人、お疲れ様ー。

 

 

  私も、お疲れ様。

 

 

  でわでわ。