ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

自分の幸せのために働く!病院を辞めることにした

今日のテーマは「生死観」と「私の仕事」です。

生きるために働いているのか?働くために生きているのか?と時々考え込んでしまう私ですが、結論的には好きにしていいんだと思います。

仕事だってやらなければいけないわけではない。

生きることに一生懸命にならなくていい。

最近ではそう思うようになりました。私の体験と考えをまとめます。

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最近見つけたすごくいいと思うブログです。

lifeisshort-be-strong.hatenablog.com

この方は生死観をしっかり持っていて、生きることをきちんとやっている命に前向きで正直な方だと感じました。

 

別にこの方に触発されたというわけではありませんが、ついに半年務めた病院を辞めることにしました。

今、転職活動中です。明日から面接ラッシュなのでちょっと忙しくなります^^;

 

私が病院で働き始めた本当の理由

私は重症の患者さんにものすごく興味がありました。

今の病院は末期医療の病院なのですが、ここに来た理由を聞かれると「友人を亡くしていて、悲しすぎてお葬式に行けなかった。だから治療をやろうと思った」と答えています。

 

もちろんそれは本当ですが、真の理由は別にあるんです。

 

お涙頂戴みたいになるのが嫌で、現実世界の人に話したことは一度もありません。

このブログは現実世界の友人もたくさん見ているので、ここで語ることがいいことなのかどうなのかは分かりません。

でも言いたくなったので、言おうと思います。

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私は小学4年生の時から「私は死んだほうがいい人間なのではないか?」と思っていました。

母子家庭の一人っ子で、友達もたくさんいるわけではなく、孤独な子供時代だったせいもあると思います。

母とうまくいかなくて「私のせいで」と思うことが多かった幼少期でした。

 

高校は夢中になることがあったので、そんな気持ちも忘れていましたが、大人になると思い返してやはり死ぬべきかと悩んでいました。

このときは鬱がかなりひどくて、心療内科にかかっていました。

私は割と行動力のある人なので、ただ悩むだけじゃなくて実際に挑戦もしました。

自殺未遂は数え切れません。

今思えば心配してくれた人に悪いことをしました。

色々やって、できる限りやって・・・

結局、そうか、自殺はできないんだ

と気づきました。

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世の中には自殺ができてしまう人がいます。中学生くらいで自殺する人がいるのは驚きです。凄まじい行動力と決断力だと思います。それほど辛い思いをしていることを察します。

 

でも私にはできませんでした。どんなに頑張っても、できませんでした。生きている価値を自分に感じられない。

家族もろくにいないし、昔の友人とは縁も切れているし、結婚してみたもののうまくいかない。

リラクゼーションサロンで働き出してから、

こんなに生きる意味のない人間なのに、自殺すらできない。

自分には生きている目的がない。何もない。この命は無駄だ。何かのために使わなくてはいけない。

だったら人の役に立つしかない。医療をやろう。

そう思いました。

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その後学校に進んで、必死に勉強して、働いていて、いつも誰かのためにということしか考えていませんでした。

周りの人は理解できなかったと思います。

でも私は周りの人に理解してもらう必要はなかったんですよね。

ただでさえいらない命、どう思われたって構わなかったんです。

在学中は自分がなかったのでいろんなものを失いました。お金とか、モノとか、昔の友人とか。

そんなのどうでもよかったんです。

私が一番どうでもいいんだから。

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そして病院で働くようになって、泣いたり悲しんだりいろんなことがありました。

 

心臓移植を待っている患者さんが病院から出ることができないときに、私の心臓をあげたいと本気で思いました。言ってやりたかった。もういらないんですけど、要りますか?

腎臓が無くなってしまった人に、私の腎臓をあげたかった。こう言いたかったです。一つ使わないのがあるんで、よろしければどうぞ。

足が無い人には、私の足をあげたかった。あんまり長くは無いですが、よかったら使いませんか?

 

卒後は最初に末期医療病院に就職しました。

私の病院はかなり特殊で、身寄りのない人を積極的に受け入れている病院でした。色々問題もあったけど、やっていることは本当に素晴らしい医療施設です。

そこにはどこにも帰る場所のないご老人がたくさんいました。

目が見えなくなってしまったり、歩けなくなってしまったり、認知症でここがどこか分からなくなってしまったり。

誰もお見舞いに来ない。どこにも出かける当てがない。そういう人がたくさんいました。

私は彼らを見て、私と同じだなあ、と思いました。

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私も働けなくなったら、こういう施設に閉じ込められて、まだかな、まだかなって毎日静かに待つのかなって。

認知症の患者さんはとても他人には見えませんでした。

誰にも理解されない、言いたいことが言えない。

だから余計によく話しました。

私のことを分かってくれるのは、認知症の患者さんだけのような気がしました。

 

病院ではいじめられたりもしました。

熱心な私がおかしく見えたんだと思います。

でも、別に構わない。いじめればいい。一人で泣いたり叫んだりすればいいだけだから。

 

3ヶ月、4ヶ月と時間が経つにつれ、だんだんもういいかなあと思い始めました。

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生きることに意味はない。何でもいいなら、楽な道を選ぼう

この半年は軽度のうつ症状がありました。

やる気がなくて、休みの日はずっと天井を見ていました。

 

元気なふりをしていても、家に帰ったら動かなくなってしまいます。食も細くなって、痩せました。

だんだんと人前に出るのもつらくなり、もうこんなことやめようと思いました。

 

自分がどうでもいい、とにかく誰かのために・・・

そう思って3年以上やってきましたが、少し考えを変えることにしました。

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結局私のような無力な人間は、どんなに頑張ってもたくさんの人に貢献することはできません。

私がいた末期医療の病院は、いろんな問題がありました。しかし私にそれをどうにかする力はないんです。誰も私にそんなことを求めていません。

 

もう全部やめようと思いました。

 

世の中には権力やお金を持った強い人たちがいます。その人たちの一部に、優しい人がいます。優しい人は世の中の弱い人を助けようとします。その人たちには、できるんです。

でも、私にはできない。

何をしても、どうやっても、どうしようもない。

 

お金がない、権力がない、協力者がいない、

みんな弱者に興味がないんです。

今までだってたくさん助けを求めてきました。でも本当に力になってくれる人は、私のような弱者は会えないんです。

 

やっても、やらなくても、何も変わらない。

ならやめるべきだと思います。

 

今の私にできることは全部やりました。なんの力にもなりませんでした。

半年耐えて、試行錯誤して、できないということだけが分かりました。

 

分かってしまうと、自然に受け入れられて、考えが変わりました。

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死ねないし、役立たず。

生きるほかない。

死ぬ日が来るまで、暇つぶしするしかない。

何しよう・・・。

 

暗いことを書きましたが、本来私はポジティブな人間です。

暇つぶしするなら、じゃあまだやったことないこととか、やりたいことをやろうと思いました。

 

とりあえず奨学金を返したい、次の人に使って欲しい。だからお給料の高いところで働こう。

絵が好きだから、絵の具と画用紙を買って、絵を描こう。

文章を書くのも好きだから、このまま書き続けよう。

家族がどんなものか知りたいから、結婚しよう。子供を産もう。

そのあとは・・・家族がやりたいことを一緒にやろう。

きっとそれは幸せって言うんだと思います。

 

自分の幸せのために、仕事をしよう。

 

ただ穏やかに暮らしたい。

派手な生活は好みではないので、静かに生きて行こう。

 

でもお金は欲しいから、頑張らなくちゃ!

 

そんな風に思いました。

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実は退職届をもう出しています。

次の仕事は決まっていません。

でも、死んだって別に構わないのだから、どうにでもなるかなーと思います。

どうなったっていい。

今までもっと大変な、ああもう殺されてしまうのかなーなんて思うようなこともありました。でも行き詰まって死んだことがなかったんです。このくらいはどうってことないと思います。

 

死にたいという感情はすべての人が持っているわけではないそうです。一度も死にたいと思ったことがない人がいるらしい。私には信じられません。

でも、冒頭のブロガーさんのように、死にたいなーってたまに考える人もいる。

私はマトモだと思います。

 

そんなわけで

やっと病院を辞める決意をしました。

あの病院で見たこと聞いたことは、社会的に問題になっていることだと思います。でもいろんな倫理から語る日が来るかどうかは分かりません。

私が言って、患者さんが救われるか?というと、そういうわけでもない気がします。

どちらかというと困る人の方が多いと思います。だったらそれこそ死ぬまで黙っていた方がいいのかもしれません。

 

真実を知ることがいいことかどうかは分かりませんでした。

知らない方がいいような気がします。

これからは全力で、見ないで済むように目を背けて・・・

自分の幸せのために生きていきたいです。