ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

患者さんとマッサージ師の関係。結局他人だけど医療者としての立場は重きを置いた方がいい。

マッサージ師は患者さんとの距離が近い。

全医療、介護職の中で1番近いと思っている。

付き合いも長くなるし、色んな話をしたり、されたりする。

私は会話は人間として話すので年配の方であればみんな人生の師だ。

患者さんは自分の病気の話だけじゃなくて家族の話もする。

昨日食べた晩ご飯から、行った旅行の話、習い事、家族のけんかの話

とにかく個人情報のオンパレードだ。

 

でも所詮他人だと思う。

当たり前だけど。

話す患者さんはおしゃべりが好きなので止まらない。

でもこっちは仕事をしているのでてきとうにあしらってこなすこともある。

時間があったらいくらでも聞いているけど、

話を聞いたからといってもその人は私のことを分かってくれているわけではない。

 

今の職場をもうすぐやめるのだけど、やめたらやめたで色んな噂をたてられてしまう。

そんなもんなのだ。

 

患者さんだけでなく、どんな他人も

どれほど話してもその人は私にとってなんでもないんだなーと思った。

冷たいとかじゃなくて、世の中そんなもんなのだ。

困っているときにはみんな励ましてくれるし、すごい人は行動して助けてくれようとする。

でも、他人は、他人だ。

 

患者さんも同僚も、先輩も上司も

家族も恋人も

みんな私とは違う、他人。

別に普通のことだけど、改めて人との距離感は大事だと思った。

 

患者さんの話を聞くのは話半分くらいでいい。

 

すごく悪いと思うのが、

患者さんの色んな話を聞いて「あの患者はああいう人間だからダメなんだ」みたいに評価する人がいる。

別にそれは勝手にやればいい。

でも、それを他人に言うのはダメだ。

ましてや医療関係者だったらクズの分類だと思う。

 

残念だけどそんなクズは半数以上と感じている。

病院にいるとそう思ってしまう。

患者さんがどういう人間か?は、どうでもいい。

 

私たちがやっているのは医療である前に仕事だ。

その後の患者さんの行動は操作できない。

患者さんに頑張ってもらうしかない。

説明し、治療を終えたら

問題はすでに我々の手から離れてしまっているのだ。

 

だから話半分くらいがいい。

あの患者さんの行動を止めることができなかった

予後を知っていたのに、止めることができなかった

それはもう誰のせいでもない。

 

他人は操作できないのだ。

自分ができるのは、自分の行動を選ぶ、変える、そんなもの。

 

悪化や死は止めることができない。

我々に確実にできるのは、

少なくともマッサージの間は変わりなくすごしてもらうこと。

それと、話を聞くこと。

それだけだ。

 

薬や手術や救命処置で命を助けることはできる。

でもマッサージに頼るほどのレベルに達すると

医療はみんなが思うほど有能ではない。

有能だと思っている人がいたら、それは幻想だと思う。

 

患者の話は聞くべきだ。

ただし、だからといってその人が患者以上にも以下にもなることはない。

患者は患者だ。

 

そして私は仕事をしている。

ただそれだけのことである。