ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

自分の「下の世界」を見ると位置が分かる

私はたまに「普通の人」という表現を使う。

私が思う普通の人とは、両親がいて、それなりの苦労がありつつも社会に出て、人との交流を保ち、まあまあマトモな生活を送っている人たちのことだ。

大卒が多い。

普通の人は必ずしも大卒とは限らないけど、社会でとくに迫害を受けずに生きている人たち。

迫害とは人格否定とか人権否定。

物理的な暴力とは限らない。

 

普通の人は普通の人という定義を持たない。

たぶんそんなこと考える必要がなかったのだと思う。

 

私は比較的普通ではない。

 

母子家庭で母や学校の先生、クラスメイトに迫害されたことがある。

それも結構多かった。

 

このブログには「底辺」の分かりやすい定義が書いてある。

www.keikubi.com

 

私は比較的底辺の方の人間だけど、まだかなりマシなほうだ。

 

母子家庭は政府が守ってくれるので食べ物や住む場所に困ることはなかった。

高校も卒業できた。

でも行きたかった大学に行けなかったのは完全に親と先生のせいだと思っている。

 

それでもその後、大人になってから学校に行きたくて、当時とは全く違う方向の専門学校に進んだ。

苦しかったけど卒業できたし、国家資格も取った。

私の社会的位置を考慮するとめちゃくちゃ立派だと思う。

 

母子家庭だから

いじめられたから

という理由を並べて出来ないことを正当化するのはダサい。

だから私はやった。

 

しかし医療系の専門学校はお金持ちが多い。

年収は家庭環境を間接的に決定する。

金があればトラブルが起きにくい。

金があっても起きるトラブルは除く。

金があると学校にいける。

学校にいくとある程度教育を受けられる。

教育を受けるとマトモな人間になれる。

だから普通の人はすごく楽だと思う。

 

論理的に破綻した行動を取る人が少なくなるからだ。

底辺だと言動が破綻している人が多いので低賃金で働かなければいけなかったり、いじめられやすくなる。

それも幼稚園レベルのいじめだ。

 

論理的に破綻した人と一緒に働きたくない。

とても困る。

ストレスも尋常でない。

ほとんどそのために学校に行った。

 

国家資格を持った人は教育を受けているので会話が成立するし、話し合いができる人が多い。

大卒も同じ。

ただし例外はある。

なにゆえ国家資格を持てた?なにゆえ大卒になれた?みたいな人はいる。

でもそういう人がいる場所は限られている。

底辺の会社だ。

あるいは会社の底辺だ。

 

きっと底辺が分からない人は多い。

あるんだよ、底辺。

底辺を否定する人は底辺を分かってないだけ。

 

 

私は高学歴の人が好きだ。

論理的に会話ができる人が多い。

もうすぐやめる会社の部長はふつうに話ができたし、やめる理由を説明せずとも分かってくれた。

楽だった。

でも上司はたまたま国家資格を取れちゃった人だったので、まったく会話が成立しなかった。

やめる理由も説明していない。

説明したところで訳の分からん方向に話がいくからあえてコミュニケーションを取っていない。

 

私の持っている国家資格は、昔はたまたま取れる資格だったので会話が成立しない人にたまに会う。

試験は難しい方がいいと思った。

 

もしも私が、普通の家庭に生まれていたら、普通の年収のある家庭に生まれていたら

会話が成立しない

なんて悩むことはなかったと思う。

最初から大学に行けていたら

勉強していたら

今感じる「この世界は合わない」という悩みはなかったんだ。

たぶん。

また別の問題はあるだろうけど。

 

頭の悪い人が嫌いだと言うと、人はいやな顔をする。

私は頭が良くて、自分は頭が悪いと思うらしい。

みんな頭の悪い人に会ったことがないのかもしれない。

あるいは彼らの頭が悪いのかもしれない。

でも私は自分が頭の良い人間だとは思わない。

別に普通のことしか出来ない。

他人とコミュニケーションを取って理解してあげる。理解してもらう。

それだけ。

特別勉強ができるわけではない。

何かに優れているわけではない。

社会的にはクズ寄りだし。

 

みんな分かってないんだよ。

一度、クズになってみたらいい。

よく分かる。

カネなし・運なし・色気なし 底辺女子が会社を辞めて幸せになった話。