ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

職場が原因と思われる学習性無気力の現在

新卒で末期医療に携わる職場で働いた。

半年勤めたが次第に抑うつと無気力症状が出始めて、やっと退職することにした。

末期や介護のスタッフによく見られるという無気力症状について、私の現在を記したい。

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3月に専門学校を卒業してから燃え尽き症候群(バーンアウト)のような状態になった。

入念に準備をして何が何でも卒業するという熱意のもと、働きながら勉強したのでそれはそうもなる。

在学中は警察にお世話になったり(一応言っておくが私は被害者)倒れて入院したりと色んな無理があったのに、本当によくやったと思う。

 

その後、病院に就職したが末期患者が多いということもあって学習性無気力っぽくなった。

頑張っても意味ない。

どうせみんな死んじゃう。

頑張る私はバカだ。

そんな考えになった。

 

 

とにかく全ての物事に関心が湧かない。

めんどう。

動けないほどではないのでうつ病などとは微妙に違うのだと思う。

朝起きれるし食事も摂っている。

仕事も問題ない。

 

休日はもっぱらゴロゴロしていて何もしない。

本当に何もしない。

唯一ブログ書いたりツイッター見たりはするが、SNSはなぜか疲れる。

 

 

朝は一番脳が活動する。

私は出勤で結構歩くのだが、この歩いているときに様々な考えが浮かぶ。

割とどうでもいい考え事ばかりだが、今朝は無気力症状についてあることに気づいた。

 

私は何にも関心がない。

人にも、食べ物にも、趣味にも、関心がない。

 

これは実は

「関心がない」ということに関心があるのだ。

自分の無力、無気力、関心のなさに関心がある。

自分は無力でありたい、無気力でありたい、何にも関心のない人間でありたいのだ。

 

職場が原因と思われる学習性無気力の症状だと思う。

頑張る→死なれる→つらい

だから頑張らない、患者のために何もできない人間であれば、つらくない。

こういうことなんだ。

 

これが分かったからと言ってどうということはない。

しばらくは何も変わらないと思う。

でも何にせよ着地点の確認は大切だ。

自分の状態把握はいかなるケースでも分析の基礎である。

 

自分の無力に関心がある。

何もできない人間でありたい。

そうすれば傷つかない。

防衛本能のようなものなのだろうか。

 

私は不安脅迫傾向がある性格だったが、自分で認知行動療法を取って改善した。

今の無気力症状も、今後は関心のあるものを認識することによって治療していこうと思う。

 

私は視覚的にインプットすると認識しやすくなると感じている。

関心のあるものを記録し、行動をフィードバックしていく。

この記事もその一環である。

 

書くことには関心があるらしい。

ブロガーを辞めると宣言してから更新の頻度が上がった。

文章の読み書きは心が癒される気がする。

特に紙の本をめくるのは心が落ち着く。

紙の質感とめくる時の音がいい。

読み進めるとしおりが裏表紙に近づくのも前進を感じる。

読書には人を癒す作用があるのだ。

 

今もっとも楽なのは家で一人になっている時だ。

誰もいないので安心する。

静かで快適である。

引っ越しして本当に良かった。

 

食事は簡単なものを摂るようにしている。

ご飯と納豆と味噌汁だけとか、卵だけのインスタントラーメンとか、お粥、茹でた野菜だ。

たまに外食するので栄養価的には問題がない。

 

ただ対人だけはどうしようかと考えてしまう。

先月までお見合いをしていた関係で(笑)まだその続きがある。

それほど仲良くない人と二人で食事にいくことがある。

正直疲れるが、相手の意思もあるので適度にやっていきたい。

友達と会いたいとはまだ思えない。

人の死を見すぎたせいで消耗してしまったので、対人は回復までに時間がかかると思われる。

 

カウンセリングは今のところ必要ないと考えている。

悪化したら通院するかもしれないが、退職したのでおそらく根治的な行動を取れたと思う。

 

私のような無気力は末期、緩和、介護系の人はよくあるらしい。

新卒や転職でこれらの業に携わる人は気をつけて欲しい。

 

治療の経過はまた書いていこうと思う。