ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

無気力は底をついた?パンドラの箱に最後にあるもの

日中に無気力について記事を書いた。

関心がないことに関心があると記してから少し楽になった気がする。

 

 

個人的なことだが私のことを好きな人がいる。

友人でも男女の関係でも問わず、だ。

友人、家族、恋人、読者…

ありがたいけれど私は他人に関心が及ばない状態だった。

それを気にしていた。

私は会いたくないと思ってしまう。

私はあなたたちを好きになれる自信がない。

そんな風に考えていた。

 

今日の夕方は一人でネットを見たりテレビを見て笑ったりしてみた。

一人でもちゃんと笑えるのは良かった。

日中は出勤したし、三食きちんと食べたし、お風呂も入った。

何の問題もない。

 

今は少し前向きな気持ちだと思う。

今夜は私のことを好きな人たちのことを考えてありがたいな、うれしいな、また会いたいなと思える。

今の私は一人でいるけれど、人の存在を感じている。

 

 

何でもそうだが気づくと物事は転換する。

うまくいかないときは見落としているときなのだ。

私は自分の関心について大きく見落としをしていた。

気づけたのだから、もう大丈夫だ。

 

 

今夜の私は人に会いたいと思っている。

次にまた会えるのが楽しみだと思う。

 

この半年は、失いすぎて、無くしすぎて、人が嫌になっていた。

何も愛せないと思った。

 

でも毎日ブログに書いて、整理して…

(私の個人的な考えを垂れ流すのが世の中にとってメリットになるとは思わないものの)

考えを全部外に出したら

最後に残ったのは愛のように感じる。

 

パンドラの箱のように。

 

今、心の中にあるのは愛だと思う。

私は人間を愛しているのだと思う。

 

明日もこうやって思っているかは分からないが、今日は素晴らしい日だった。

 

 

 

あと2日で病院を退職します。

患者さんやスタッフにお別れを言うつもりはありません。

あの病院はただの通過点であり、そこには景色だけがありました。

あそこを通り過ぎることができた私は素晴らしいです。

あそこを通らない人と、少し違うんだと思います。

この経験は、私の誇りです。