ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

結婚したい人がいる。問題は感情である。好きって何?

婚活を始めて1年経つ。

辛いことがたくさんあってもう辞めようと思うんだけど、なぜか辞めない。

だから結婚したい、家族が欲しいという気持ちは本物なのだと思う。

 

私の好みのタイプは分かりきっている。

イケメンではない。

顔は良い人そうとしか表現できないようなありきたりな感じで、愛想が良くて清潔感のある人だ。

そんな人とも付き合った。

以前結婚していたのもそんな人だった。

 

お見合いしているとビビビ!と来ることもある。

私も愛想がいいのでお見合いできれば断られたことがない。

問題は付き合ってからの方だ。

まあうまくいかない。

1年で彼氏を交換すること2回。

残るのは自己嫌悪のみである。

彼氏を取っ替え引っ換えしている自分は死ねばいいのにと思う。

うまくできないから仕方ないのだけど。

 

婚活は分析するので今まで気づかなかった自分に気づくことがある。

私は男女問わず自分のことを好きな人が目の前にいると、「この人は誰と話しているんだ?」と思うことがある。

最近気づいたがこれは子供のときからだ。

親と話していてもそう思うことがあった。

なぜか乖離してしまう。

理由は分からないが生まれつきである。

 

私は新生児のときに脳の障害を疑われたらしい。

医師は一回、難聴の診断をしたそうだ。

親や医師がどれだけ耳元で騒いでも、泣くでも笑うでもなくキョトンとしていたそう。

しかし聴覚には問題がなかった。

知能的にも問題はないし、性格に障害があるわけでもない。

人並みの個性と悩みを抱えているだけだ。

 

だから乖離も、その"人並み"だと思う。

 

 

彼氏がいると感情的になる。

人並みにありきたりな恋愛の悩みを抱える。

そのため彼氏と喧嘩することもある。

それで別れるわけだ。

こちらから別れることもあれば、むこうからのときもある。

第三者に遮断されることもある。

その度に思うのは、こんなことで悩みたくないということ。

こんなことで消耗したくない。

疲れるから。

人の気持ちは操作できない。

自分の気持ちすらできない。

操作できないものにこんなに振り回されて消耗するのがイヤだ。

操作できないから消耗するのだけど。

 

そのうちに、いかに消耗しないで済むか、いかに悩まずに済むか

そちらの方が重要になってきた。

 

出会って別れるを繰り返していると、

次がある

と学習する。

私は彼氏ができないわけではないのだ。

彼氏自体は結構簡単にできる。

だから私にとって重要なのは、いかに精神的に安定して、長く付き合えるかということである。

 

こうなってくると感情的に好きになる人は当てはまらないように感じる。

感情的に好きな人は継続困難なのだ。

理由は一般的なそれと同じである。

 

そこで精神衛生と継続を考慮して最善と思われる人と付き合おうとしている。

うまくいくかは分からない。相手の意思による。

 

彼は安定志向が強い人で、穏やかそうに見える。

特別カッコいいというわけではないし、特別私の好みのタイプというわけでもない。

何より感情的に好きという気持ちが無い。

恋心が全く無い。

「好きじゃないけど結婚したい人がいる」と人に言うと、驚かれる。

たしかにそれは驚かれるだろう。

 

でも私は恋愛や駆け引きや火遊びをしたい訳ではないのだ。

一緒に暮らす人、長く人生を共にできる人を探している。

だから恋愛感情はどうでもいい。

相手に求めるのはときめきではなくて落ち着いて話し合える冷静さと、足並みを揃えてくれる優しさ、信頼できる誠実さだ。

冷静で、優しくて、誠実な人は、私の好みのタイプではないらしい。

どちらかと言うと情熱的で、ときに意地悪で、女性慣れしている人の方がドキドキする。

まあみんなそうだろう。

そういう人は魅力的だが不安も強くなってしまうんだ。

 

 

今までの自分の経験を考慮すると、客観的に考えて彼と付き合う可能性は高いと思う。

うまくいっている。

しかし大きな不安がある。

私は感情的に彼のことを好きではないのだ。

願わくば後からときめきがあってと思う。

私は感情的に好きでない人とは子供が作れない。

ここだけは理屈でないんだよ。

生物として仕方ないのだ。

そこまで論理的に操作できれば苦労はないのだけど、こればっかりはどうにもならない。

できなかったときに「なんで?」と言われて

「やっぱりあなたのこと、好きじゃないからなあ」

なんて言えないし。

どうしたら彼を感情的に好きになれるのだろうと悩んでしまう。

最近はそのことばかり考えている。

理屈じゃないので考える時間が全くの無駄である。

 

自分が動物であるという事実はどうにもならない。

神に頼るしかない。

 

 

ここまで読んだ人は私の特殊性を感じていると思う。

このように理論的に考えることを人にうらやましがられることもある。

しかし全く役に立たない。

世の中は理屈で動いてないからだ。

人間は動物なのである。

動物に理屈は通用しない。

でも私はめげずに感情の操作を模索し続けている。

そのための医学である。

 

心理学と医学を駆使すれば人は変われると思う。

これも理屈だけど。

今頑張って彼を好きと脳に刷り込んでいる。

やればどうにかなるはずだ。

 

 

人からおかしいと言われてしまいそうだけど

失敗するたびに考察するので理屈が私のやり方になってしまった。

 

愛は作り上げるもの。

作るには材料とハウツーがいるのだ。

それが心理学と医学だと思う。

 

 

幸せを科学する。

愛を研究する。

 

私にはとても魅力的なやり方なのだけど。