ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

日本人は喜んではいけない

私はどうも受け取るのがヘタだ。

褒められたとき

なにかもらったとき

親切にしてもらったとき

感謝しているのだが、いまいち喜びが足りないと思う。

ありがとう!とは思っている。そういう努力をしてきたからだ。

人に何かしてもらったら、感謝しなさい

そういう教育を受けてきた。

でも

ハッピーなことがあったら素直に喜びなさい

とかは習わない。

そんなの当たり前だから誰も教えてくれないのだ。

 

私は意図的にインプットしないとできないことが結構ある。

人間誰しも無意識に基本ルールを刷り込まれている。

日本人には無意識の基本ルールがめちゃくちゃ多い。

あ、うんの呼吸とか

空気を読むとか

そういう類のルールだ。

 

日本は謙虚でいなさいと刷り込まれるので何か施しを受けたときに感謝しても喜ばない。

うわー!ありがとおおお

みたいな喜び方はタブーだ。

お相撲さんがその代表的な振る舞いを見せてくれる。

土俵で笑ってはいけない、ガッツポーズをしてはいけない、喜んではいけない

日本人は喜ぶなと刷り込まれているのだ。

 

 

施しを受けても喜べない私だが、嬉しいときもある。

一人でなにかを成し遂げたときだ。

やりたかったことを実現できたとき

目標を達成したとき

なりたい自分になれたとき

私は嬉しい。

喜びが自分の中にしかないのである。

 

 

人を見て喜べない。

これはまずいことだ。

私は人を笑わせるのが好きだ。

笑ってもらえると嬉しい。

でも本質的には人を笑わせるということをできた自分に喜んでいるのだ。

 

喜んではいけないと刷り込まれているから、私は喜びが自分の中にしかないのだ。

 

私は人に喜ばせてもらいたい。

何か施しを受けたとき、心の底から喜びたい。

 

他人はいつも私に優しくしてくれる。

 

困っているときに宿を与えてくれたこともある。

食べ物をくれたときもある。

プレゼントされたこともある。

モノじゃなくたって、たくさんある。

泣いているときに励ましてもらったことがある。

うまくいかないときに応援してもらったことがある。

良いことがあったときに一緒に喜んでもらったことがある。

笑顔で話しかけてくれたことがある。

 

人は何でもくれる。

私はもらったときに、ありがとう!と心から思っているけど

嬉しい!とは心から思ってない。

 

独りよがりの喜びはもういい。

私は他人と共有したい。

人にもらったとき、心の底から喜びたい。

 

こんな当たり前のことができない。

教育とは恐ろしい。