ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

刷り込みの発見と記事の解説

こういう記事を書いた。

 

www.tenishoku-serapisuto.net

 

「人と違う」というのは私の人生で大きなテーマだった。

自分自身が人と違うことはいけないことだと刷り込まれているのだ。

 

私の家庭では人と違うことはいけないことだと教わった。

友達について「あの子と関わるんじゃない」とか「みんなこうしているんだから」とよく教わったのだ。

家庭の外でもそうだった。

「あなたはこうなのだからこうしなさい」

と言われることがトラウマになっている。

 

私は大人に対して反発心のある子供だった。

「こうしろ」とだけ言われると、私はこう思うのになぜ?という疑問が湧いてしまったのだ。

誰も説明してくれる人がいなかった。

みんなそこまで考えてなかったのだろう。

 

そもそも教育のなかで個人の考えを尊重されていたら私は「こうでないといけない」という認識を持たなかった。

 

私のように「人と違うことはいけないことなのか?」と悩む人には時々会う。

同じような教育を受けたのだと思う。

 

人と違うことについて何も教わってない人はそもそもそんなことを考えたりしない。

人と違うというのは誰かに刷り込まれた考えなのである。

 

そんなことはさして重要なことではないのだ。

 

重要なことなんてほとんど無い。

 

何が重要かは人によって違う。

私は何かが重要であるなんて考えは嫌だ。

確かに仕事ではやらないといけないことはある。それは重要かもしれない。

でも私がやらなくたって誰かがやったり、その仕事を失ったって他のところに仕事がある。

人間もそうだ。

私でない別の人が私の役目をやったりする。

私がやりたいか、やりたくないか。

問題はそれだけなのだ。

 

 

人間の判断は基本的に二進法である。

好きか?嫌いか?

それしかないそうだ。

これを複雑化しているのは大脳の新皮質である。

新皮質の活動があると二進法の判断に情報が添加されて混乱することになる。

 

混乱した結果、自分に嘘をつくという意味不明な決断が下される。

この現象は非常に多い。

 

 

 

人間は知らずに色んなものごとを刷り込まれている。

よい考えを導き出していきたい。