ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

大山くんの話

そういえば私は他人を拒絶していると言われたことがある。

急に思い出したが、たしかにそうだ。

発言や行動の全てが、どこか他人を拒絶している。

それは恐いからだと思う。

そういえばそんなことが、小学校のときにあった。

 

 

あれは確か、小学校5年生のとき。

私は班長だった。

学級会で、クラスの問題を話し合っているとき。

同じ班の大山くんが、体育の授業で手袋をしていた。

そのときはサッカーで、大山くんはキーパーだった。

体育の授業は体育着でする。

特別に寒いとき以外は、他の衣服の着用は禁止されていた。

大山くんだけが指先が出ているタイプの普通の手袋をしていた。

手袋は禁止だと思ったから、私は学級会で大山くんが手袋をしているのはいけないと思いますと言った。

大山くんはいじられキャラで、女子に嫌がられたり、男子が笑ったりしていた。

手袋の話をしたら、そのときだけはなぜかみんな大山くんの味方だった。

クラス全員から大ブーイング。

私は正しいことを言ったつもりだったけど、クラスの全員が大山くんの弁護をした。

大山くんはキーパーだから、手袋をしているんだと、みんなが言う。

それに私はとても驚いた。

 

私はルールに沿った正しいことを言ったのではないか?

なぜ彼にだけ特例が許されるのか?

だったらキーパーは手袋をしていいと、ルールを改定すべきではないのか?

なぜ私が責められるのだ?

 

私の弁護は誰もしてくれなかった。

 

自分の何が間違っていたのかも分からなかった。

 

今も分からない。

あれは何だったんだろう。

 

私はそれから、絶対にリーダーをやらないことにした。

どうしようもなくてやるときもあるが、その場合は責任回避している。

私は何もできないんです、みんなが助けてくれないとダメなんです、と。

ゆるい感じを作っては、リーダーらしからぬ失敗をして見せた。

 

 

 

正しいと思ったことを言って、なぜかは分からないが私が悪いような感じで、そこにいた全員に責められる。

幼い私には相当なショックだったに違いない。

 

恐らくそのときに、正論は多数決で決定するとインプットされたのだと思う。

正論はよくない。

私の正論は、多数にとっては誤りで、私だけが彼らの敵で、私は間違っている。

そう思ったんだ。

 

 

きっとあのエピソードから私は他人を拒絶するようになった。

 

誰も説明してくれない

誰も味方してくれない

自分で弁護しなければ

理論で守らなければ

 

 

トラウマの形成は意外なことから起きるそうだ。

とんでもなく些細なことが、その人にとっては大きく性格を変える体験になることがある。

私にとってはあの体験が、そうだった。

 

 

心理学か医学かは知らないが、性格の歪みは原因が分かると脳に変更が加わり始めるらしい。

自分の傾向を認めるだけで、よい方向に導かれるそうだ。

 

あのとき、何があったのだろう。

私の言い方が悪かったのかもしれない。

私は大山くんを否定したのかもしれない。

だから私が否定されたのかもしれない。

 

今となっては分からない。

そのときだって分からなかった。

 

 

あれはたまたまで…

あんなことは滅多になくて、

私は運が悪かっただけなのだろうか。

 

 

 

 

いつの日か、人を受け入れられる日が来るといいのだけど。