ひとりのセラピストのひとりごと

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手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

パラメディカルという言葉について

「パラメディカル」という言葉がある。

看護師など病院スタッフの多くを「コメディカル」と言うのに対し、鍼灸師や柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師など病院の外で働く人たちを第三医療、「パラメディカル」と言うことがあるらしい。

 

もともとこのパラメディカルというのはお医者さん以外という意味だったようだが、日本では普通「コメディカル」と言う。

 

パラメディカル(ぱらめでぃかる)とは、医師や歯科医師以外の医療従事者を指す言葉である。パラメディカルのパラ(para)には、側面や補強という意味があり、文字通り、医師や歯科医師といった医療担当者に対して補助をするスタッフを意味する。パラメディカルスタッフとも呼ばれる。英表記は、paramedical。

日本においては、パラメディカルを医師至上主義的な意味として捉えられるケースが多かったため、現在では、協力や協同という意味を持つ「co」を用いて、コメディカル(和製英語:comedical)と呼ばれることが多い。

パラメディカル | 看護用語辞典 ナースpedia

言葉というのは常に意味が変わっている。

和製英語は特にこの側面が強いので、パラメディカルの意味はもうどうでもいいのかもしれない。

あまりにマイナーな言葉である。

 

 

 

しかしパラメディカル、第三医療者という言葉について、私は学校でネガティブなもののように教わったことがある。

 

鍼灸のことを「パラメディカル」と言うことがあると、皮肉られたようなニュアンスで先生に教わった。

これが世間的な考えなのか、私の学校だけの考えなのか、はたまたその先生だけの考え方なのかは全くわからない。

なぜならこの言葉は非常にマイナーだからだ。

おそらく「パラメディカル」の定義を話し合ったことがない。

 

 

 

パラメディカルが鍼灸師に対しての皮肉なのかどうかは分からない。

私の学校はどうもネガティブな先生が多かったようで、私は鍼灸師という仕事が微妙に感じるようになってしまった。

これは私のせいではなくて、学校のせいだ。

 

鍼灸師のネガティブは置いておいて、パラメディカルという言葉について私の考えを話したいと思う。

 

 

 

 

 

鍼灸師も、あん摩マッサージ指圧師も、柔道整復師も、日本にしかな医療資格だ。

伝統医療が国家資格として残っている。

確かに西洋的な考えとは違う。

特に鍼灸師は東洋医学の考えが強いので、病院で行われている「メディカルな」治療とは違うと思う。

メディカルな治療とは違うので、多くの病院で「鍼灸科」というのは設置されていない。もしあれば非常にレアケースだ。

これには理由がある。

 

 

普通の人にはハリやきゅうを使うのは痛そうだとか怖いとか、そういうイメージをどうしても持たれてしまうのだ。

実際は日本のハリは無痛に近いが、ハリと聞くと縫い針や注射針を想像するので怖いイメージを持ってしまうのは仕方のないことだと思う。

 

それからハリは法律上、日本の病院の患者には処方しにくい。

これはシステム的な理由である。

訪問や保険治療もあるのだが、このシステム的な理由からどうしても病院が積極的にやらない現状がある。

患者の意思があればそれを尊重して治療処方(同意書という)を行うことになる。

基本的にドクターが自ら鍼灸治療を処方するというのは珍しい。

 

一方でマッサージは整形外科などでかなりの頻度で行われている。

整形外科には理学療法士という人がマッサージをしていることが多いが、増員したい、高い給料払いたくないなどの経営的な事情があるとあん摩マッサージ指圧師を雇うことがある。

あん摩マッサージ指圧師の相場給料は理学療法士に比べて安いからだ。

 

柔道整復師は外傷治療を知っているので整形外科では重宝される。求人も多いし、鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師に比べて給料が高い傾向がある。

・・・ブラック企業が多い気がするけれど。

 

 

時代は常に変わっていっているのに、これらの3つの国家資格は文化が進化していない。

だいぶ改善されてはいるが、低賃金が当たり前、週休1日、社会保険や福利厚生はなし・・・そういう会社が非常に多かった。

 

こういう文化を変えようとする人がいないのだと思う。

 

この3つの資格は開業権があるのだ。

医師以外で開業権のある医療系資格ではとても珍しい。

治療に医師の処方が必要ないのでシステムと文化的な理由で開業権が存続されている。

だから給料が安ければ開業してしまえばいいのだ。

開業すれば、上司に怒られるとか、周りの人間関係に気をつけるとか、そういう面倒臭いことがないんだもの。

 

 

給料が安い→休みがない→じゃあ開業すればいい

という構図ができるのでいつまでたっても病院との関与が希薄になりやすい。

もちろん建物が違っても、連携を取ることはできる。

しかし物理的な距離というのは、実際に医療の中にある距離と同じなのでは、と思う。

 

我々は病院の中で仕事をしない。

よって第三の医療者である。パラメディカルなのである。

 

 

私はこれが悪いことだとは全く思っていない。

もちろんいいことばかりではない。

お互いの文化を知らない、仲良くないというのはあまりいいとは思わない。

しかし第三者であるというのは、全医療職の中で私たちにしか持てない考えであり、私たちにとって最も大切である。

 

人間の体を一方向からしか見ないと、必ず見落とすことがある。

それは心とか、スピリチュアルなこととか、なかなか言葉には言い表すのが難しいのだが、見えないものである。

数値にもならない、患者の訴えにもない、誰も分からない。

察してあげる、そっとそばにいてあげる、何も言わずに手を握ってあげる。

理屈ではなくそのような行為が人間にとってとても大切である。

命に関わる現場であればあるほど、見落とされることだ。

 

私は以前集中治療室で患者の見守りをしたことがある。

抜管リスクがある患者だったが、黙って話を聞いていたら不穏が落ち着いた。

手を握ってあげたら、それ以降抜管しなくなった。

 

実際にそういうことがある。

これは医学の枠の外で起きている。そして理屈は全くない。

しかし、治療には極めて重要なことなのだ。

 

 

東洋医学系の資格者はこれができる。

ものごとには数値で表せないことの方が多いということを知っているからだ。

東洋医学はドクター、コメディカルスタッフなどに説明できるだけの言語がない。

相手に東洋医学を学んでもらうしかないのだ。

だが学びたい人が学べばいいと思う。

数値で評価することだって大切だからだ。

彼らがそうやっているんだったら、私たちは別の視点を持っていたらいい。

 

代替医療のトリック

 

ものごとは多面的に見て、考えないといけない。

人体も、医療も、自然も、病院も・・・

私たちがパラメディカルであるというのは、素晴らしいことだと私は思っている。

 

私は病院が好きだし、ドクターも、コメディカルスタッフも大好きだ。

でも、私はドクターにもコメディカルスタッフにもならない。

私は第三医療者だからである。