ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

忙しさはもういらない。リラックスできる生活を。つまらない日常が、世界で一番大切だと思う

私は感受性が強い。

感覚刺激もそうだし、対人関係もそうだ。

特に気になるのは他人だ。

周りからどう見られているのか、自分は適応できているのか、常に心配しながら生きてきた。

 

 

生きている世界は自分主体の価値観になる。

まったく他人の気持ちを考えないひともいれば、自分を失うほどに他人のことばかり考える人もいる。

性格の多様性である。

 

私は他人のことばかり考えてきた。

本当に辛い日々だった。

一人になりたいと孤独を作っても、追いかけられるように他人のことを考える。

その日の会話を思い出しては、あれはまずかった、どう思われただろうかと悩んでいた。

 

国家資格の勉強を始めてからは、先輩や「上の」先生のことを考えていた。

よい治療家にならねばならない

社会的に上昇しなければいけない

意識を高く持ち続けないといけない

そんなことで頭はいっぱいだ。

自分にできることを探しては挑戦し、挫け、立ち直り…

本当によくやったと思う。

 

やるだけやって、ようやく自分がやっていることの間違いに気がついた。

私は偉くなりたいわけでも、認められたいわけでもない。

 

 

私は単純に、幸せになりたいのだ。

心穏やかに暮らしたい。

 

 

 

 

治療家はいい仕事だ。

専門学校だけで国家資格が取れるし、現場に出れば「先生」と呼ばれたりしていい気分だ。

患者さんには感謝されるし、医療職は「すごい」と言われる。

もちろんリスク管理とか、医学の知識とか、勉強しなければいけないことがあるから大変は大変だ。

でも「ありがとう」と言われ、社会福祉に貢献できる、こんなに簡単な仕事は他にないと思う。

 

病院では「先生」というのはイコールでドクターを指している。

医師も教師も弁護士も政治家も作家も…

「先生」と呼ばれる職業になるのは、すごく大変なのだ。

治療家は「先生」と呼ばれる一番簡単な仕事だと思う。

バカみたいだけど、私は社会的に確立された"カタイ"職業をカッコいいと思っている。

先生と呼ばれる仕事に従事できて、満足だ。

 

 

私ができる「先生」は、簡単だからあんまり稼げない。

誰でも勉強すれば、やる気があればできる仕事だから。

特別他の職業よりもお金をもらうということはない。

でも仕事がなくなることはないし、これからもきっといい仕事であり続けるのだ。

 

 

「上の」先生や、意識が高い先輩の前で、意識が高い新卒を演じてきた。

意識を高く、カッコいいようなことをいっぱい言ったし、やってきたけど

私がこの仕事を気に入っている理由は、有名になることでも、偉くなることでもない。

自分の本心を知らずに、ただがむしゃらに頑張っていた。

 

私は免許を取ったとたんにやる気が喪失されてしまった。

国家試験が終わったとき、これからどう生きていけばいいのか分からなくなってしまった。

あまりに勉強したし、努力したから、やるべきことを見失ってしまったのだ。

 

しかしそれは心の中に自分の幸せを持っていたからだと思う。

 

貧しい家に生まれて、仕事を選んだり、夢を追求することができなかった。

でも私が想像する立派な仕事に就くことができた。

だから私が目指してきたものは完了したのだ。

それをやる気がなくなったと捉えていたけど、真実は「私は満足した」なのだと思う。

 

それに気付くまでにはとても大変な経験をしたし、とても大変な努力をした。

途方も無い冒険をした。

たった一人の貧しい女性が、誰の助けも借りずにこれだけのことをしたというのは客観的に考えて評価できる。

素晴らしいと思っている。

それは現在の私を作った、過去の私だ。

過去の私を評価している。

人生で初めて、自分を心から認めた。

 

 

努力している最中は他人に乱され続けていた。

毎日、他人のことで頭がいっぱい。

幻のプレッシャーを感じ、想像の厳しい人々に苦しめられてきた。

しかしその苦しみは、自分の心の中にしかない虚像だったのだ。

 

真に過去の自分を認めた今、虚像に苦しめられることはほとんどない。

心は穏やかである。

今日与えられたミッションを時間内に終わらせる。

患者と自分の安全を守る。

他人を認め、干渉しない。

ただそれだけのことをしている。

 

眼に映るものはそれ以上でもそれ以下でもない。

他人の意見は他人のものである。

たった、それだけのこと。

 

 

以前、精神病を患ったことがある。

不調のとき、夕暮れの赤い空は誰かの血に染まったかのように見えていた。

回復したとき、同じ色の空を見て…

夕暮れは、赤い色が空色に混ざって美しい

そう思った。

そうか、夕焼けは美しいんだ。

回復したときに始めて気がついた。

 

あのとき

スーパーのレジ袋を両手に持ち、つっかけサンダルを履いて、自分のマンションの前で

何の気なしに見上げた、日常の光景。

ただの平凡な夕焼け。

何も変わらない、毎日訪れる景色。

 

その、見慣れたつまらないものを、単純に「きれいだな」と感じた瞬間を、私は一生忘れない。

 

今、スマホを叩いて文章を書いている、昨日も明日もある動作。

この、つまらない作業。

この穏やかさを、私は一生忘れない。

 

 

つまらない毎日は、失うと始めてわかる。

失っていたことに気づくと、始めて存在を感じる。

特別でもっとも大切なものなのだ。

何よりも、この世で一番大切なもの。

 

今日、この瞬間の、毎日訪れるつまらない一時。