ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

会ったことのない父親のこと

私は父親がいない。

2歳の時に両親が離婚したそうだ。

子供の頃は父親について母に聞くと、嫌がられた。

幼い私は母の心中を察し、父について質問することはほとんどなかった。

 

たまに、両親がいる人たちがうらやましかった。

盆や正月に田舎に帰り、親戚と会うと聞くと、田舎というものに憧れた。

田舎ってどんなところだろう。

 

子供の頃、読んだ絵本を覚えている。

その絵本は東北の田舎の家庭を描いていて、秋に収穫したもので保存食を作り、正月に皆んなで食べる様子が描かれていた。

軒下につるされた干し柿や、大根。

大きな石が置かれた漬物樽。

冬は雪が降り、こたつで祖父母と両親と子供が食卓を囲んでいた。

私は食卓の光景が好きだ。

家族がたくさんいる人たちは、大勢で

(少なくとも二人ではなく)

ご飯を食べる。

大皿に盛られたおかず、

ご飯をお代わりする子供。

それはどんな様子だろう。

 

田舎や家庭に憧れる気持ちはそこから生まれた。

 

 

大人になり

一度だけ、父を探そうとした。

昔、テレビ番組で感動の再会みたいなものがやっていた。

好奇心から、その番組に応募したら、テレビ局から電話がかかってきた。

ぜひ協力したい、と電話の向こうにいるテレビ局の人は言った。

母にそのことを相談した。

もちろん嫌がられた。

では、テレビでなくても探していいかと聞いたが、やはり嫌がった。

 

この時に、私が父を探すのは、誰かが嫌な気持ちになるのだ、と思った。

 

 

 

子供をなくした父親は、意外とたくさんいて

私も父親がいないんですよ、と言うと

子供に会いたくない父親はいない

とみんな言う。

みんなが言うのできっと私の父も、私に会いたいのだと思う。

 

 

今年、父親の探し方を調べた。

意外と簡単なようだ。

戸籍の所在地はあっさり分かるらしい。

でも、やってない。

 

 

一度も会ったことのない父親。

確認はしていないが新しい家族を持っているらしい。

30年以上の時が経ち

今、私が出て行ったところで、父親の家族はどう思うだろう。

父親に対して不信感を抱くかもしれない。

私に対して敵意を持つかもしれない。

私の母はどうだろう。

きっといい気持ちではないと思う。

 

色々考えて、今のところは父に会うつもりはない。

そのまま父親が死んでしまったとしても、それでいいと思う。

私の父はいないのだ。

 

 

 

今まで

父親を探すか?

という問題は時々浮上しては、また沈んでいった。

その度に、答えは違う。

一人しかいない父親に会わないのは、なんというかもったいない気もする。

子供である私は父親の顔を知る権利を持っているとも思う。

私がやりたければやるべきである。

周りの人がどう感じようと、関係ない。

 

 

 

でも

 

 

 

そんな私の権利を強行したとして、それで誰が幸せになる?

父はひどい人かもしれない。

冷たくされるかもしれない。

家族が門前払いするかもしれない。

 

父に会うことをやったとして、傷つくのは、私だ。

あとに何が残る?

傷つかなかったとしても、それで何かが得られるのか?

好奇心が満たされた、それで終わりではないのか?

 

 

どこかで生きているかもしれない。

死んでいるかもしれない。

はたまた、全部嘘かもしれない。

 

私には父親がいる。

それは確実だ。

それが分かっているだけで、もういいのではなかろうか。

 

 

 

世の中には知らなくていいことがいくつか存在している。

私のルーツも、私が知らなくていいことのような気がする。

 

私は今、日本にいる。

生きて、仕事をしている。

人に会っている。

母が生きている。

父も生死や所在は不明だが、確実にいる。

 

 

それで十分なのではないだろうか。

それ以上知る必要は、ないのでは。

 

 

 

答えは毎日違う。

後悔しないように、とたまに言われるが

これは私の問題ではないのだ。

 

 

私の手の届かないようなところにあって、うろうろと空中をさまよっている。

あてもなく、行ったり来たりしている。

また私の目の前に戻ってきて、私に認識させては、遠くへ行ってしまう。

 

 

 

いつかどうしたらいいか分かる日が来るかもしれない。

それは、今ではない。