ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

分からないことをそのままにする勇気

勉強していると、分からないことをそのままにするな、と言われることがある。

そのままにしておいて、分からないまま、時間が経って…

放っておいたために後で痛い目を見ることがある。

とくにこれは医学では顕著だ。

症状から疾患を導き出せなかったとき

あー、分からなかったなあー

とそのままにしておくことは、医者も治療家も良くない。

成長しないのだ。

私は真面目なので分からないことをそのままにしない人間になった。

いろんな分からないことを、いろんな人に質問して、しばしば困らせることがあった。

調べて、考えて、それらしい正しい答えを出さないと気がすまなかった。

これ自体はいいことである。

とくに研究開発の人たちは並々ならぬ努力をして答えを出そうとする。

しかし、何事にも代償がある。

 

研究開発は、いつか行き止まりにぶち当たる。

 

 

例えば最近流行りの3Dプリンタは、何でもプリントアウトできるので銃が作られてしまった。

また、性器をプリントアウトする人も出てきた。

それまでなかった問題が発生したのである。

警察はプリントアウトした人を、当てはまる法律の元、逮捕や書類送検した。

銃は銃刀法違反、性器はわいせつ物関連の法律だ。

これは新しい問題として、対策していく必要がある。

 

再生医療も流行っている。

やろうと思えば何だって作れてしまいそうだ。

ブタの体内で人間の内臓を培養するということも開発しようとしている。

でもこれは金がかかる。

これに限らず、保険の効かない再生医療や放射線治療、日本で認可されていない臓器移植など、莫大な費用がかかる医療は、金持ちしか受けられない。

金がないために治さないということもあり得る。

それは命に金銭的な価値が付加されているのではないか?

 

受精卵を解析して、性別を判断して意にそぐわない性別なら堕ろすということもできる。(これは日本では禁止だが海外へ行ってやる人がいる)

あるいは、遺伝性疾患を発見したら、堕ろすことができる。

子の出産を拒否できてしまう。

自分にとって都合のいい遺伝子を選択するのは正しいことなのか?

それは禁忌とされた優生学と違うのか?

 

 

なんでも

研究と開発が進むと、今まであり得なかった新しい問題が出てくる。

そしてその答えは複雑だ。

人によって解が違う。

 

正しさなんてどこにも無くなってしまうのだ。

 

 

私は末期医療に関わっている。

点滴に繋がれてしか生きられない人を見ると、それは生きていると言えるのだろうか。

食べ物を食べられない

自分で動けない

排泄も

お風呂も

会話も、できない。

全部、他人が勝手にやる。

これは生きているのだろうか。

人間の姿なのだろうか?

 

でも、そんな患者の心臓が動いているのは、家族が望むからだ。

法律が死を許さないからだ。

患者以外の何かが、患者の自然な死を許さない。

 

患者は何を感じているだろう。

すでに何も感じていないかもしれない。

 

 

このような、答えのない問題は、誰にも答えが分からない。

 

 

私自身も答えのない問題に、いくつも挑戦してきた。

それらしい答えを無理やり作ったり、自分を納得させようとしたり

色々と解の出し方を探してきたけれど

今は、こう思う。

 

 

分からないのなら、そのままにしておけばいい。

 

 

 

きっとそれは、今分かる必要がないのだ。

自分が分かる必要がないのだ。

誰かがいつか、解くかもしれない。

自分が、遠い将来、解くかもしれない。

今は放っておけばいいのだ。

きっと同じことを考えて、果敢に挑戦している人たちがいる。

その人たちを信じて、自分はそのままじっとしていればいいのだ。

 

世の中には解を出さない方がいいことがある。

分からない方がみんなの幸せの為になることがある。

 

 

少なくとも私はそう思うんだ。