ひとりのセラピストのひとりごと

ひとりのセラピストのひとりごと

手に職つけた、ひとりのセラピストのブログ。意識低い系。

医道の日本が楽しく読めるようになった話

在学中、私は酒を飲みながらアトラス(人体解剖図)を読むのが好きだった。

プロメテウスのアトラスは絵が綺麗で分かりやすく、人体という宇宙が垣間見えたのだ。

プロメテウス解剖学 コア アトラス 第2版

これを人に言ったら変態と言われた。

なんと言われようとも、私は好きでこの世界に来たので、全ての情報は道楽の延長なのだ。

アラサーアラフォーの女子がananを読むみたいに、男子がいくつになっても少年ジャンプを読むように

私にとっては医学書籍が私をワクワクさせるツールだった。

 

 

それがいつのまにか…

論文を読んでいても「この表現は分かりにくい」「これは根拠が甘い」「文章力がない」なんて

難癖つけて書籍を否定するようになってしまった。

 

オタクは否定的になりやすい。

精通していくと良し悪しが分かってしまう。

同じカテゴリの情報を大量に浴びるので、だんだんと新鮮さがなくなり

あれは良かったのに、これはダメだ

と思うことが多くなる。

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以前、論文の勉強会に行った時、まさにそんな人たちがたくさんいた。

論文の読み方を勉強するはずが、この論文は研究に不備があるとか、英語が悪いとか

そんなことばかりに目がいくようになっていた。

そして私もそうだった。

 

私は専門学生だったのだが、本当に必要以上に勉強したのでつまらないことに目が止まるようになってしまったのだ。

 

鍼灸治療のあれがダメだ、こうした方がいい

マッサージは社会的にこういう立ち位置でこうしなければならない…

 

つまらないことで頭が一杯になってしまって

つまらない人間に成り果てた。

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私はそもそも、30過ぎて医学を学んだのは…

医学が好きだったからなんだ。

純粋に、生命がどういうわけで成り立っているのか

人間はどこから来て、どこへ行くのか

人は、生きる中で何を想うのか

そういうことを考えるのに、胸をときめかせていたんだ。

 

それが気がつけば、知ったかぶりをして一人前になったような、評論をするようになっていた。

 

 

これをバカと言わずして何というんだろう。

 

 

 

東洋医学の情報ツールとして、医道の日本という雑誌がある。

定期購読をしているが、気がつけばそんな下らないことに支配されてしまって楽しい雑誌として読めなくなってしまった。

 

 

最近の私は意図的に孤独を作っている。

SNSとかで交流のあった治療家たちと関わらないようにしている。

それでも声をかけて下さる優しい先生がいて、頭が下がる。

スライディング土下座したい。

しかし私は自分の無力感と劣等感で胸が潰れてしまったのだ。

だから今は、もう少しだけ…

一人になりたいと思っている。

 

治療家たちと…

距離を置いたら、

そんな下らない劣等感が少しづつ和らいできて

学生の時に、医学に胸を躍らせた自分が戻ってきた気がする。

一線の治療家と距離を置いたら

医学の情報に、純粋に、

へーすごいなあ、やるなあー

と思えるようになった。

 

 

初めてアトラスを開いたあの時

プロメテウスの美しさに見惚れた一年生の時

あの気持ちを、今少しづつ…

取り戻しているのかもしれない。

 

医道の日本で描かれている治療法が魔法のようだと、純粋に思う。

初めて医道の日本を手にしたあの時のことを、やっと思い出せるようになったのかもしれない。

 

私は医学が好きだ。

それは宇宙より広く

どんな山脈よりも美しく

計り知れない深さを持ち

大洋よりも深い色をしていて

私を魅了し、離さない。

それが私にとっての医学なのだ。

 

 

あの時のときめきを、思い出した。

私は医学を愛している。

医道の日本2018年10月号(創刊80周年記念特集号 この先の治療に活かす 技の原点、学びの原点)